四 誘致 – invite –

 水の底から浮かぶような感覚で目を覚ますと、ぼんやりと耳鳴りがした。

 どうやらおれは地獄でもお荷物な存在らしく、獄卒共が現世へ送り返した模様。ぼやけた視界は薄暗く、失神した時間はそう長くはないのかと思われたが、しかし今度は下水ではなく軟膏なんこうくさい。ここはどこか。


「あ、気がついた」


 そう言ったのは、おれが一撃を食らわせたはずの松本だった。殴った相手のほうがピンピンしているとはいかがなものか。どうにも腑に落ちない。起き抜けに、こんなにも不快な思いをするのは生涯で一度もなかろう。


「ここは?」


 思ったより枯れた声で訊くと、顎にガーゼを当てた松本がにこやかに答えた。


「後藤の家です」


「なに? 後藤くんの家だと?」


 いつの間にやら敵陣に引きずり込まれていた。


「後藤の家業は医業なんです。親父さんが院長をされとります」


 その説明も半分しか耳に入ってこない。

 見渡す限りぐるりと薬棚がおれたちを見下ろす。白い仕切りと白い壁、鼻を曲げるような強烈な漢方薬と軟膏の匂い。なんだか診察室のような。もしくは実験室か。ということは、おれはいまから解剖され、臓器を売り飛ばされるのやもしれん。そんな暗澹あんたんたる気配に震え、恐怖をごまかすためにおれは「あは、はははは」と、失笑しながら頭を触った。


 包帯?

 ギチギチと頭を締め付けるような痛みはこれが原因か。どうやら適切な処置を施されたあとらしい。寝台の上に寝かされ、松本が番をしているところまでは合点がいったものの、回転のいい頭はますます嫌な予感を想起する。

 おれはすがるように松本に訊いた。


「ちなみに、この処置は合法かね?」


「合法、と言いますと?」


「察しが悪いな。これを処置したのは誰かと訊いてんだ」


「俺だ」


 入り口付近から鼻持ちならない冷徹無情な声が割り込んでくる。首を回すと、白衣を着た後藤祥馬が入り口に寄りかかっていた。

 やはりか。やはり、おれは売り飛ばされるのだ。だって、そういう話だったじゃないか。

 あぁ、いっときの感情に任せてしまったばかりに、己の命運を預けてしまった。不覚。せめて、あのまま眠っておきたかった。どこまでも不運だ。おれが一体なにをしたというんだ!


「三針だ」


 頭の中でごちゃごちゃとあらぬ非現実的な妄想を繰り出して唸っていると、後藤が呆れたように鼻で笑った。


「いや、なかなかいい練習台になった。それについては感謝する」


「はぁ……? この忌々しい無免医師め。貴様はマッドサイエンティストか」


 その言葉に、松本が肩を震わせて笑った。それがなんだか悔しくて、おれは思わず松本の膝をグーで殴った。すると、彼は茶目っ気たっぷりに笑った。さっきまでのしおらしさは何処。あどけない少年のようだ。まぁ、彼もまだまだ学生の身であるのだろうが。


「ここまで運んだのは君かい?」


 訊くと、松本は首を横に振った。

 これは意外。おれは唇を舐めて考えた。可能性としてひとつしかないが、こいつに限ってそんなことがあるわけない。ないとは思うが一応訊いてみよう。


「え、じゃあ坊ちゃんが?」


「いいや」


 後藤はつっけんどんに答えた。

 そりゃあ、そうだろうよ。おまえが運んだとあれば、その気色悪さにたちまち蕁麻疹じんましんが沸き立つだろう。

 この冷たい答えに安堵するべきか、いまいちわからない感情が芽生えたが、それなら誰がここまで運んだと言うのか。この松本は例外だが、図体の大きい男はこの土地には滅多にいない。とくに、後藤はともかくおれも背丈はそこまで高くはないものの、やはり大の男を担ぐとなれば人手がいるだろう。そんな思案に暮れていると、後藤が入り口から誰かを手招いた。


「礼を言っとくんだな」


 どこまでも偉そうな言い草にいちいち腹が立つ。しかし、現れたその人物を見て、おれは思わず寝台から飛び起きた。

 だってそこには細く華奢きゃしゃな体躯の、控えめにはにかむ女がいたのだから。


原北はらきた日野子ひのこと申します」


 照れたように視線をうつむける原北日野子の登場に、おれは素直に「はぁ?」と間の抜けた声をあげた。

 その女性は小麦色の健康そうな肌に、小鹿のような足がしなやかだった。少しほつれたあわ紅色べにいろの着物を軽く着こなしている。しとやかそうで、それでいて活発そうな、しかし生真面目きまじめにも思える黒眼が柔らかく愛らしい。紫苑しおんの花のようなまつ毛がパチパチとしばたたく。


「いやいやいや、待ってくれ。おれを運んだのがこのひとって? 可憐な乙女じゃないか。まさかまさか、そんな阿呆な話があってたまるか……」


 にわかには信じられない。この可愛らしいひとが、秋桜こすもすのごとく繊細な体をした彼女が、おれを背負ってきたというのか。そんなこと、あってはならん。か弱い乙女を守るのが男の役目であろうに、乙女に守られては武士の名折れである。武士ではないが。いや、とにかく。この状況を英語で言うなら、そう、〝パニック〟だ。

 そうして大仰な葛藤をしているうちに、日野子さんは控えめにも前へ進み出て言った。


「私が運びました。こう見えても力持ちなんですよー、うふふ」


「力持ちって言ったってなぁ」


 反論しかけると、彼女は笑顔のまま細い腕で、おれが座る寝台を持ち上げた。ぐうんと視界が上昇する。楽々と頭の上まで掲げようとし、一方のおれは情けなく寝台にしがみついた。


「おい! こら、やめろ! ちょ、ほんと、やめてって。やめなさい! 下ろして!」


「うふふふ。これでお分かりいただけましたかー?」


「わかった、わかったから、下ろしてください! すいませんでしたぁ!」


 思いのほか高い場所が恐ろしく、情けなく喚くと日野子さんは「ふぅ」と、それほど重労働でもなさそうに軽い吐息をついた。おれは寝台にしがみついたまま、まるで子猫のように震える。それを後藤、松本、日野子さんがこぞって愉快そうに見物していた。その不気味さたるや。


「な、なんなんだよぅ……さては君たち、おれを改造しようと企む秘密結社なのか? こんな田舎にも、そんな大層なものがあったのか? あー、おそろし。南無阿弥陀仏なむあみだぶつ


「よほど堪えたらしいぞ」


 後藤が憐れむように言った。


「この日野子は怪力かいりきだ。大人の男でも持ち上げられないようなものを担ぐことができる」


「そのようで」


 恐れのあまり、思わず認めてしまった。

 しかし、こんなにも可憐な乙女が怪力の持ち主とは、この世はあまりにもかたよっているのではないか。神や仏は気まぐれだと言うが、これではちぐはぐだ。分散すべき能力を、うっかり一人の人間に押し付けたような、人間生産工場の怠慢が招いた産物ではないか。天は二物を与えないくせに。依怙贔屓えこひいきが過ぎるぞ。

 そんなことを主張しても無駄なことはわかっている。おそるべき能力、揺るがぬ事実がおれを軽々持ち上げた。こんな、いかにもひょんなことから目の当たりにしてしまえば、心が不安定に浮足立つのも仕方なかろう。


 おれは盛大にため息をついた。ようやく寝台の上で座れるくらいには体力を持ち直し、呼吸を整えて現状を受け入れるべく気を持ち直した。おれは感情で動く阿呆だが、頭の回転(その大半が悪知恵だが)は悪くない。


「で、この日野子さんは、君らの仲間かい?」


「そうです」


 答えたのは日野子さんだった。彼女は控えめに笑いながらも、本心は喋りたくて堪らないのか、やはり女子特有のかしましさがある。


「祥馬さんも力持っとるみたいやし、私も怪力やし、お友達になれるかなーと思って、いつもこの後藤醫院に来てるんですよー。祥馬さん、連れないひとやけど、こう見えて情に厚くって」


「日野子、話が脱線してる」


「あぁ、ごめんなさいねー。私に祥馬くんのこと話さしたら、日が暮れるかもしらんねー」


「……惚気話のろけばなしなら、のちほどお伺いしようかな」


 おれは喉を絞るように言った。

 なんだい、坊ちゃんの追っかけやんか。面白くない。

 ボソボソと女々しい恨みごとを吐き、なんとか笑顔を整えて日野子さんに向き直る。彼女の朗らかな笑みには一点の曇りもない。

 この天上天下唯我独尊を地で行く、無愛想が服を着て歩くような男のどこがいいのか甚だ疑問だが、世の女性がそういう硬派な男を好いてしまうのはいつの時代も同じらしい。おもしろおかしい三枚目の出る幕はいつになったら上がるのやら。


「でね、」


 おしゃべりな日野子さんが両手を合わせて続ける。


「聞けば、松本さんの妹さんの幼馴染が行方知れずって言うやんか。私も梅ちゃんを助けたい。そこまでのお手伝いならしたいなぁって。そういうことです」


「待った待った。じゃあなんだい? お梅ちゃんは家にいるのかい?」


「ん。そうですよ」


「梅ちゃんは自宅に監禁されとるんです」


 松本も低い声で苦々しく言う。

 脳内で反芻はんすうすると、宮木梅行方不明事件の闇が克明に浮かび上がってきた。後藤の意図、松本兄妹の願い、日野子さんの協力、すべて繋がっているのにどうにも釈然としない。なぜか。


「……ってことは、宮木梅は親または親戚から自由を奪われている。連絡が取れんって、そういうことか。でも、わからんな。なぜ、宮木梅は自宅から出られんのだ?」


「簡単なことさ。親が宮木梅を家に閉じ込めている。飯も食わせず、外に出さないようにしているんだよ」


 鋭く言ったのは後藤だった。その言葉の薄気味悪い恐ろしさに、おれは首をすくめた。背筋が凍る。


「や、いやいやいや。ちょっと待て。もしかしたら躾の一環かもしれんだろう……おれも母ちゃんから飯抜きのお仕置きされたりするもんだよ、いまだにそうだ」


 よくある話だ。悪さをしたらゲンコツ食らって納屋なやに閉じ込められる。一晩頭を冷やしたら許してもらえる。そう思うあまりに口は気休めに笑った。同意を求めようと日野子さんを見るも彼女は寂しそうにため息を吐き、松本に目配せした。すると、彼も気まずそうに目を伏せる。彼は後藤を見やった。どうやら三人は事情を深く知るらしい。

 どうにも置いてけぼりを食らっているのはおれだけらしかった。深刻なことは読み取れるが、緊急性を問うにはまだまだ材料が足りない。


「もう一人来る」


 やがて、後藤が言った。


「そいつは探し物が得意なやつだ。決行は、そいつが来てからにする」


「探し物? なんだよ、今度は探偵たんていかい?」


「いや、酒屋だ」


「はぁ……?」


 納得できるはずもない。ますます謎が深まる一方だ。そして、おれはようやくこの奇妙な空間のわけが見えた。なにゆえ、おれはこの霊能者軍団に巻き込まれたのだろうか、と。単純な疑問である。

 それが頭の中で形を成した瞬間、後頭部がジクジクと不吉に痛んだ。


 ***


 静かに暮れていく。後藤醫院いいんの大時計は十九時を指していた。外はもう真っ暗で、山奥から野犬が盛んに遠吠えを繰り返している。

 空は墨を塗りたくったようで、星の瞬きが一層増した。そんな夜道に、古風な提灯ちょうちんを下げてやって来るのは、そこそこ上等そうな着物を召した男だった。頰に黒子ほくろが三つ。優しげな垂れ目が特徴的な顔立ちを見て、おれは目をしばたたかせた。


「高尾酒造の若旦那か」


「いかにもそうです。高尾たかお穣ノ助じょうのすけと申します」


 十郎川沿いにある酒問屋は、下山門しもやまと次郎丸じろうまるの別邸に酒蔵を持つ。このあたりでは裕福な高尾家の若旦那のことはおれも覚えがあった。というのも、尋常じんじょう小学校からの馴染みでもある。彼の方がおれよりも一つ上だったような。そう思案していると高尾氏も思い出したのか、手をポンと打って口を開く。


「あっ、もしかしてあなたは松葉の……」


「いいえ! あははっ、どうも私、一色天介と申します。初めまして。お会いできて光栄です、旦那」


 かぶせるように大声でうやうやしく挨拶すると、高尾氏は鼻をひくつかせて苦笑いした。うちの事情を少なからず知っているのだろう。しかし、彼はそれ以上に言及はしなかった。


「お待たせしてしまったようで申し訳ない」


 高尾氏は「仕事が立て込んでいて」という言い訳でにごした。

 ようやく一同が介し、日が暮れても電灯を点けずにいる仄暗い診察室で肩を寄せ合う。


「では、これより宮木梅奪還作戦を遂行する」


 厳かな雰囲気で後藤が言った。


「その前に、そこの詐欺師」


 指をさされ、おれは心底不快に眉をひそめた。


「詐欺師とは随分な言い方だな。勝手に引き入れといて」


「黙れ。あんたにもわかるように概要を簡単に言っておくから、よく聞いとけ」


「へいへい」


 いつの間にか協力することになっているが、ここまできたら乗りかかった船だ。最後まで見届けてから、この鼻持ちならない坊ちゃんをぶん殴ろう。そう決めたおれは口をつぐんでおくことに徹した。

 すると、後藤が物書き机の上に、一枚の紙を広げた。あらかじめ、宮木家の周辺を作図していたらしい。


「まず、高尾さんが宮木梅の居場所を突き止める。そこで宮木の父親と母親を引きずり出し、同時に日野子は高尾さんと一緒に家探しし、宮木梅を助け出す。親が抵抗するようならば、そこでそれ相応の裁きを受けてもらう。一色の役目はおとりだ」


 容赦のない言い方だが、一同神妙に頷くものだから誰一人として異論を唱えない。おれはムズムズと喉元が痒くなったが、どうにか口に出さずに堪えておいた。後藤が宮木家の図を指でさし示しながら後を続ける。


「宮木梅はまだ生きている。かろうじてな。そして、我々の成功も見据えている。勝利はすぐそこだ」


「それなら安心やね。文句なし!」


 やたら前向き思考な日野子さんが明るげに言った。確かに後藤に心酔しているのなら、そりゃあもう賛成することけ合いである。


「後藤が言うなら間違いない」


 松本も感心げに唸った。こいつも後藤親衛隊の一人だから賛成するに決まっている。

 高尾はニコニコと柔らかく笑っている。どうやら不満はないようだ。この男も後藤の傘下さんかなのだから当然だろう。


「では、手筈通りに」


 後藤が制帽を目深にかぶり、威厳たっぷりに机を叩いた。意気込みよろしく、場はやる気に充ち満ちている。だが、そこに横槍を入れざるを得ないおれは恐る恐る口を開いた。


「みなさんの気概はよくわかりました。宮木梅が生きていることもわかった。非道な親をつのも、まぁおおむね頷けるとして、一つだけわからんことがあるんですが」


 全員の目が注がれる。一息入れて、おれは後藤ただ一点をまっすぐに見つめる。


「なんだ、言ってみろ」


 彼は威圧的に訊いた。

 ゴクリと喉を鳴らして唾を飲む。それがおれだけのものか、誰かのものか区別はつかない。しかし、おれはあえて空気を読まずに徹した。


「そこに宮木梅の意思はあるのか?」


 その問いに、後藤の口が厳しく結ばれた。隙あり。これを好機こうきと捉え、おれは調子を取り戻して悪役的な舌をふるった。


「人命救助のために立ち上がるのはご立派なことだがね、しかしだよ。果たして、宮木梅がそれを望んでいるのか? これはあなたたちのエゴイズムというやつじゃないのか? 押し付けがましい善意はもっとも無邪気な暴力だとおれは思いますがね」


「な、一色さん、なにを言うとーと?」


 最初に声をあげたのは慈愛の権化ならぬ日野子さんだった。松本も腰を浮かせて立ち上がろうとする。


「一色さん、確かにあんたはこちらが巻き込んだ、いわば部外者です。でも、その言い方はひどい」


「そうよ。女の子の命がかかっとるんよ? 助けるのが道理でしょう? ねぇ、高尾さん。あんたもそう思うけん、ここにおるっちゃろ?」


 日野子さんの問いに高尾氏は困ったように「えぇ」と言う。おれは高尾氏に目を向けた。


「高尾さん、あんたはどうして宮木梅を助けようと思ったんです?」


 一色の問いに、高尾氏はやはり困ったように眉を曲げた。彼は商人にしてはなにかと消極的な性格だった。


「えぇっと。まぁ、なんと言うか。私も微力ながら、霊能力のようなものを持っていて」


「あんたもか!」


 予期しない発言におれはめまいを覚えた。


「説明してくれ……」


「あ、はい。私は、探し物のがわかります。なんと言うか、つまりせ物の居所が直感的にわかるというものです」


 後半は消え入るように言うが、そこから捉えても高尾氏がそのような能力の持ち主か判断はつかない。おれは頭を抱えた。


「え、じゃあなに? ここにいるのってみんな霊能者? おい、松本くん、君も何か能力を隠し持ってるんじゃないだろうね?」


「残念ながら、僕は凡人ぼんじんです」


 いきなり話を振られた松本はしどろもどろに答えた。それを聞いて安心するが、大した慰めにならなかった。おれは頭を抱えた。冷静に考えよう。


「失せ物がわかる……なら、宮木梅を探し当てたのはあんたか」


「ご名答です」


 高尾氏は照れたように頬をかいた。そして、気まずそうにボソボソと打ち明けた。


「と言うのも、一ヶ月前にうちの下女が死んだんですよね」


「は?」


 この優男にそぐわない言葉が口からぽろっと溢れてしまえば、拾うのも追いつかない。めまぐるしい思考がピタリと静止した。


「名をミズキと言ったんだけれど、その娘は少々変わったところがあって。どこそこの店が嘘を付いているだの、客が小銭をごまかしただの、妙に勘が鋭い。しまいには、家内にまで迷惑をかけるもので……いまにして思えば全部本当のことを言っていたわけですが。まさか家内がヘソクリをしていたとは」


 高尾氏は目を伏せた。そして、気を取り直すように笑う。


「話が逸れました。そんな感じで、このミズキがなんだか不思議な能力を持っていることがわかったんです。ほら、数年前に流行ったでしょう。人間の本心を透視するような能力を持っていたわけです。そのミズキが、ある日、あられもない姿で河原に打ち上げられました」


 空気が淡々と冷えていく。そんな気がした。日野子さんは胸をぎゅっと抑えており、つらそうだった。松本も拳を固く握っている。後藤は――わからない。相変わらず読み取れない男だ。

 おれは喉に溜まった重だるい息を吐いた。

 日野子さんが言っていた「似たようなこと」というのは高尾氏が絡んだことだったのだろう。高尾家に奉公するミズキという霊能少女が死んでいる。宮木梅も霊能者である。その霊能者が命を脅かされている。ここで、後藤の言う「同胞の明るい未来」が急に記憶の淵からよみがえり、ようやくすべてが繋がった。つまり、これは霊能者による霊能者のためのとむらい合戦なのだ。


「要するに、仇討あだうちだ。全員がなんらかの形で関わりがあるってわけか……おれ、要るかい?」


 己の存在意義がますますわからなくなる。後藤はおれを「囮」だと言ったが、別に人手が足らんわけでもなかろうに。その囮とやらを貴様がやれば良いのだ。

 そうなれば、この奇人共の集会に参加しているおれがますます惨めに思えた。自信を見失いそうになる。そんなおれの手を、そっと柔らかい手が包んだ。


「人命救助ですよ、人命救助。一緒に女の子を助けましょう!」


「日野子さん、悪いけど僕はそこまで善人じゃないです。そういうものとは無縁の生活でしてね」


「ひとを助けるなんて素敵なことやんか」


 その言葉はキラキラと眩い宝石のような輝きがあった。あまりにも眩しくて直視できない。日野子さんの純真な目は深い瑠璃るりを思わせる。そこに映る自分の姿から逃げようと、ふいっと顔を背けた。


 人助けだと? 馬鹿馬鹿しい。善を語る者ほど傲慢なやつはいないのだ。

 昼間、あれほど懇々こんこんと説教したというのに、この奇人には一切響いていなかったらしい。あの時間を返せ。

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