探しもの ー2ー 

「いやぁー助かったわ。うちの子が迷惑かけてごめんなさいね」


 依頼者である雑貨屋さんのお姉さん、本土から江宮島に移り住んでお店を開いている女性店主はおかしそうに笑った。


 僕は雑貨屋さんの屋外テラスで椅子に沈み込んだまま、力が入らない笑みを浮かべる。


「ま、まあ、大部分は旅行者さんのおかげですけど」


 コーギーくんは、江宮島に向かっていた旅行者の女子高生さんのおかげで捕まえることができた。


 橋にコーギーくんが侵入したことは誰かが通報してくれていたようで、電光掲示板に警告が流れていたらしい。降りてきた女子高校生さんはガードレールを跳び越え歩道に入り、オーバーアクションでコーギーくんを僕の方に追い込んでくれたのだ。


 プリウスで江宮島に到着した旅行者さんは、高校生のカップルだった。彼氏さんはもう免許も持っているらしく、彼女さんとそろって旅行が趣味なんだそうだ。


 女子高生さんは黒く長い髪が印象的なかわいらしい人だった。ころころよく笑って人懐っこく話す人で、明日葉や栞ちゃんともすぐに馴染んでいた。


 明日葉と栞ちゃん、それから捕まえてくれた女子高生さんは、コーギーくんとなでなでタイムを楽しんでいる。


 その間にも、僕はずっと木陰のテラスで死んでいた。


 このくそ暑い真夏に全力ダッシュ。本当に死ぬ。何キロ走ったというのだ。いくら運動に自信があっても人間には限界があるんだよ。


「大丈夫?」


 顔を上げると、プリウスの運転手、背の高い清潔感のある彼氏さんが冷えたスポーツドリンクを差し出してくれていた。


「あ、ありがとうございます。すいません。お金を」


「いいのいいの。気にしないで」


「いえ、そういうわけにはいきませんので」


 ただでさえ使う機会がないのだ。僕は少し多いくらいのお金を出して彼氏さんに返した。


 苦笑いを浮かべながらも、どうにかお金は受け取ってもらえた。


「初めて来るけど、すごくいい場所だね。本当に綺麗な島だ」


 向かいの席に腰を下ろしながら、彼氏さんは自分の分に買っていたブラックコーヒーを飲んでいた。


 僕はいただきますと断って、買ってきてもらったスポーツドリンクを飲む。からからに干からびた体に心地よく水分が染み渡っていく。


「お二人は、いつも車で旅行をしてるんですか?」


 僕は尋ねると、彼氏さんは少し乾いた笑みを浮かべた。


「まあね、旅行というか、旅というか。特に場所を決めているわけじゃないよ。ただ気が向くまま、車であちこち走り回っている感じかな」


「やっぱり風景とか文化財とかを見るためにですか? この島もいいとこいっぱいありますよね」


「観光目的ってのも、もちろんあるよ。でもなんのためにあちこち回っているかって聞かれれば、なにかを探すため、かな」


「探すため、ですか?」


 僕は少し意味がわからず首を傾げる。


 その視線が、コーギーくんと戯れる彼女さんに優しく向かう。


「うん、旅をすれば、知らないものに出会える。住んでいる場所、知っている場所だけでは決してわからないことが、外の世界にはあふれている。俺たちはお互いなにかを探すために、楽しいこととか、嬉しいこととか、素敵なことを探して、旅をしている」


 なにかを、探す旅。


 楽しく、嬉しく、素敵。

 それは僕たち旅人と似た考えだった。

 葵さんたち旅人を向ける人たちが常々言っている。


 旅人の旅とは、一様に楽しく素敵なものであるべきだと。


「変なこと言ったな。ごめんね」


 彼氏さんは笑いながらそう言った。


「いや、興味深い話でした。なんか、すごいです」


 うまく言葉にすることができずそんな風に答えると、また彼氏さんは笑っていた。


 ある程度落ち着いたところで、明日葉からもらったタオルで汗を拭いて店内に上がる。

 彼氏さんも先に雑貨屋さんに入っており、物珍しげに店内を眺めていた。


 ここは主にパワーストーンや天然石を使ったアクセサリー類を多く扱っているお店だ。他にも写真たてやメモ帳、日記帳のようなものまで様々だった。


「私のクローバーの日記帳もここで買ったんだよー」


 コーギーに顔をべろべろと舐められながら明日葉が言う。初めて接するコーギーくんによくそこまで好かれるものだ。


「たしかにこれはおもしろい。おっ、ポストカードもある」


 観光地定番ポストカード。子どものころは一時期、観光地のポストカードを集める趣味があった。家族で訪れた場所の風景をきちんと覚えておきたくて、何枚か買って帰るようにしていたのだ。今でも、特に送るわけでもなく家の本棚にファイルされている。


「それにしても、ポストカードか……」


 一人あごに手を当てて考え込む。


「センパイ、このネックレスどうですか? 似合います?」


「ああ、すごい似合っているな。馬子にも衣装だ」


「……センパイ、私のことどこまでバカだと思ってるんですか? 殴りますよ?」


 そう言いながら彼女さんが彼氏さんの脇腹をガスガス殴っている。仲のいいカップルだ。

 ポストカードを前に考え込んでいると、女性店主さんが僕に近づいてきた。


「ん、君が腕につけているブレスレットも天然石が付いているね。もしかしてそれが君の御守?」


 女性店主さんはもともとこの島の住人ではないらしいが、十数年前にこの島に移住したそうだ。島外の人には知られていない旅人や御守のことも、長く居着いているために女性店主さんは当然知っていた。


「はい。ペリドットのブレスレットです」


「ほぉー、これまたご立派なものを」


 雑貨屋さんで取り扱っている同じ天然石ものであることもあり、興味があるご様子。


「もしかして、この店で扱われていたものだったりしますか?」


「んー、いや、それはないね。この店で販売した石関係のアクセサリーで私が覚えていないものはないよ」


 その言葉に確固とした自信があった。

 このブレスレットを購入した人がわかれば、それきっかけで僕の願いに関することもわかると思ったのだが。でも、思えばそれはずるい方法だ。


 気を取り直して、他のアクセサリー類を見やる。

 今でこそペリドットのブレスレットを肌身離さずつけている僕だが、もともと身だしなみに気を遣うタイプではない。でも一度身につけてみると、他のアクセサリーも気になってしまう。


 不意に、レジの脇にあるショーケースに目がとまった。


 僕の視線に気がついた女性店主の目がキラリ。


「おっ、それに目をとめるとはお目が高い。その子を捕まえてくれたお礼に、安くしとくわよ」


「え? いいんですか? じゃあ、そうですね……ん? その子?」


 不意に、足になにか触れた。


 視線を落とすと、コーギーくんが鼻をすんすん言わせながら僕の足に体を当てていた。

 女性店主の家族さんと明日葉たちは、少し離れた場所で楽しげに談笑している。


 ……リードが外れている。


「か、飼い主さーん!」


 江宮島をきゃっきゃっうふふしながら走った仲のコーギーくんは、なにやらすごく僕になついてしまった。


 なかなか離れないコーギーくんを女性店主さんの家族に引き渡し、本土の向こう側へと帰ってもらった。


「お二人はどこかに宿泊されるんですか?」


 海の向こう側へと走り出した車を前に、明日葉はカップルさんに尋ねた。


「俺たちはいつも車中泊なんだ。今日はこのまま街を見てまわって、江宮神社に参拝する予定。明日には帰るけどね。俺たち、一応高校生だから」


 ……よくよく考えれば、高校生なのに車で旅をしているとは、なんかすごいなこの人たち。彼氏さんは初心者マークもつけてなかったし、もしかしたら普通の高校生より年が上なのかもしれない。


「あ、だったら私たちが案内しましょうか?」


「ええ!? いいの!? センパイ、是非お願いしましょう」


 明日葉の手を取りながら彼女さんが目をきらきらと輝かせる。


 僕も明日葉も今日の予定は特になく、聞くところだと栞ちゃんも用事はないとのこと。なによりコーギーくんを捕まえたお礼もしたいところだ。


「まあみなさんがいいのであれば、俺たちは願ったり叶ったりだけど」


 彼女さんの勢いには慣れているのか、彼氏さんは苦笑しながらもすぐに受け入れてくれた。


「それじゃあさっそく行きましょう」


 明日葉は笑って、再び街へと足を進める。栞ちゃんやカップルさんも続いていく。


 僕はもう一度、走り去っていた車の方向を見やる。


 視界のすみにいくつかのユカリを伸ばす。左手首のペリドットがきらりと輝く。

 その行き先は、先ほど海の向こう側へと渡っていったコーギーくんの家族さんたちのもの。


 意識をすると、他にもいくつかのユカリが舞った。

 ユカリが伸びるその先は、僕が行くことができない島国の大地。


「……」


「結弦くーん。どうしたのー? 行っちゃうよー」


「ごめん、すぐ行くよ」


 踵を返し、僕はユカリを消して明日葉たちに続く。


 僕自身の願いは、未だにわかっていない。

 けれど、プリウスで旅をしている彼氏さんは教えてくれた。

 探すために旅をしていると。


 もしかしたら、僕の旅もそうなのかもしれない。

 神様が、僕になにかを探せと言っているのかもしれない。

 間違ってばかりの人生、意味を見いだせない毎日で、なにかを、楽しく素敵なものを探せと。


 まだまだ、旅の終わりは見えない。

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