旅の終わり ー5ー

 目を開けると、明かりが視界に差した。


 そしてすぐ目の前に、心配そうにこちらをのぞき込む香澄姉さんの姿があった。

 安堵したように、震えていた唇から吐息が漏れる。


「やっと起きた……。そろそろ本気で救急車を呼ぼうかと思ったわよ……」


 言いながら、姉さんは僕が眠るベッドの脇に崩れ落ちた。


「……どうして、姉さんが僕の部屋に……? 仕事があったんじゃ」


 絞り出した声はかすれていた。


「どうしてじゃないよバカ。いつも出て行く時間になっても家を出る気配がないからのぞきに来たのよ。そしたら声をかけても頬を叩いても起きないから……」


 視界のすみにあるアナログの時計は、午後九時を示していた。すでに遅刻している。


 左手を、眩い蛍光灯の光へとかざす。これまでずっと僕の左手にともにあった、つながりを示すペリドットのブレスレットは、なくなっていた。


 もちろん、ダブルループのネックレスも。


 体を起こしながら、鉛のように重たい頭を抑えた。ずきずきという鬱陶しい痛み。まるで血管に水銀を流し込まれているみたいだ。


 同時に、目を覚ます前までのことが一気に押し寄せてきた。


 緋色に染まった江宮島。焼け落ちた江宮神社。僕という旅人の真実。

 最後に見た明日葉の、つぎはぎだらけの笑顔。


「結弦……大丈夫?」


「え、なにが……っ」


 気がつく。

 手の甲に熱い雫が落ちた。

 ぽたり、またぽたりと、頬を伝ってそれは落ちる。


「あ……ごめんごめん、なんでもない。なんか、変な夢を見たみたいで……」


 指で涙を拭うが、それでも込み上げる熱は止めどなく流れ出していく。


 僕の旅は、終わった。

 これまで大丈夫だと思っていたのに、いつか必ずくるとわかっていたはずなのに。

 どうしようもなく、絶えず、抑えられるわけもなくあふれ出す。


「結弦、辛いんだったら学校、行かなくていいんだからね?」


「……大丈夫だよ姉さん。これは、それとは関係ないんだ。高校は大丈夫。遅刻してるけど、これから行くよ」


 姉さんはまだ心配に眉をひそめていた。


 しかしやがて、優しげな笑みを浮かべて僕の頭を小突いた。


「わかったわ。でも、なにかあったらちゃんと相談しなさい。悩み事なら、古今東西の悩みを小説の中で解決してきた、お姉さんに任せなさい」


 僕も笑いながらベッドから降りる。一瞬ふらつきそうになったが、どうにか堪えて床を踏みしめる。


 足は情けなく震えているが、泣いてばかりはいられない。立ち止まるわけにはいかない。


 これからは自分を大事にして生きていく。嫌なものを嫌と言い、やりたくないことはやりたくないって言っていく。

 誰かになにかをしてほしいときは求めもしていく。

 これまで結んできた多くのつながりを大切にして、江宮島への旅で経験したことと一緒に、生きていくのだ。


 それが、明日葉との約束だ。

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