つながる世界 ー1ー

 気がつけば、僕は知らない場所に立っていた。


 木の葉がこすれる心地よい音。鼻孔をくすぐるそれは、微かに潮を感じさせる風。


 数十メートル四方の広い場所だ。視界一面に敷き詰められた玉砂利。一点の揺らぎもないほど整えられた玉砂利の絨毯には、僕の足だけがひずみを作っている。

 広い空間は見渡す限りぐるりと塀に囲われている。塀の高さ五メートルあろうかというほど。いや、こういう場所は玉垣と言うのだったか。玉垣の向こう側には、見上げるのも億劫なほど高い木々がそびえ立っている。


 見たことがないもの、知らないものばかりだった。


 最後の記憶は、自室のベッドに体を投げ出したこと。日付が変わっても寝付けなかったことくらいまでは覚えている。しかし今僕がいるこの場所は、閉ざされた室内などではない。頭上に晴天を携えた紛れもない屋外だ。


 なにが起きたのか、現在どこにいるかもわからない。


 だけど、わかっていることが一つ。


 空から叩きつけるように吹き抜けた山風が、僕の背後へと流れていく。


 風に導かれて向けた視線の先には、あまたの年月を感じさせる建造物があった。

 時代という息吹を吸った柱や壁、無数の木々で組み上げられた尊厳なる神殿。

 それは日本という島国において、祭神を安置する伝統的建造物。


 僕が初めて降り立った場所は、神社だった。



    Θ    Θ    Θ



 僕、出雲結弦があの世界に初めて降り立ったのは、別になんともない普通の日だった。


「いってきます」


 身支度と朝やるべき家事を終えてマンションを出る。


 奥の方から「いってらっさーいぃ」とくぐもった声が返ってくる。同居している姉のものだ。明け方まで徹夜で仕事をしていたらしい。さっきまで、あの世に片足を突っ込んだような状態で僕が作った朝食を食べていた。


 階段を下りながらあくびをもらし、肩からずり落ちそうになった鞄を背負い直す。


 天気はここ数日連日の快晴。雲一つない蒼天からは暖かな朝日が差している。


 朝の七時にもなっていない通学路には、相も変わらず人気は少ない。


 この街にやってきてようやく一年たつが、まだよそ者である空気は拭えない。逃げ込んでしまった場所でさえ、自分の居場所は見つけられない。


 先日まで桜と舞っていた春風が、慰めるように、あるいはバカにするように体を撫でていく。


 十分ほど歩いたところで、通学路の途中、山の上へと続く石段に足を向けた。

 山頂まで真っ直ぐ伸びる二百段ほどの石階段。体力には自信がある方なので、汗もかくことなく、息も乱すことなく登り切る。


 石階段を登り切った先で迎えてくれるのは、花崗岩の石鳥居だ。


 鳥居の前で一礼をして、神域へと足を踏み入れる。


 住宅街の真ん中にぽつんとある山、その頂には古い神社がある。もともと山自体が古墳なのだが、傍目から見れば孤高な山だ。宮司さんが年配の方なのであまり祈祷の受付はしていない。それでも管理がしっかり行き届いた趣ある神社だ。


 緑に囲まれた清浄な空間。左手に社務所、鳥居からさらに真っ直ぐ続く道の各所に、摂社や末社があり、正面に大きな拝殿が佇んでいる。


 拝殿の前まで進み、賽銭箱に五円玉を投げ込む。

 二度頭を下げ、二回拍手、そして最後にもう一度頭を下げる。


 毎朝の神社参拝は僕の数少ない日課だ。

 以前住んでいた近所に大きな神社があり、子どものころから睡眠時間が短めだった僕は、なんとなく神社に参拝するようになった。特に理由があったわけではなく、ただ時間があったから参拝をしていただけだ。しかし毎朝の参拝はすっかり体に染みこんでいる。風邪や行事などの例外をのぞいて、幼少時からほとんど欠かすことがない習慣である。


 参拝を終えると、また通学路に戻る。


 そして一時間ほど歩いたところで、ようやく高校に到着した。



 この春に新しくなったばかりの机は、いつも通り散々な状況だった。


「毎日、本当にご苦労だね」


 窓際後方の席で一人、ため息とともに呟く。


 机は至るところマジックの落書き。机の中には、ゴミ箱から引っ張ってきたと思われるパンやおにぎりの包装、紙くずなどが大量に詰め込まれていた。枯れた花をさした花瓶が置かれていないだけ、今日は多少良心的かもしれない。


 一番乗りでもおかしくない時間なのだが、すでに教室には数人の生徒がいた。なるべく関わらないようにちらちらと遠巻きに視線を向けている。同情や憐憫、そんなもの悲しい気持ちが込められた目だ。


 僕自身関わってほしくないので助かる。関わられては、意味がなくなる。


 教室の角にあるゴミ箱を引っ張ってきて、机の中身をすべて突っ込む。こういうことをされるから、そもそも帰宅時には机の中はおろか学校に私物は残していない。自転車通学ができないのもそのためだ。


 机の落書きはすべて水性。濡らした雑巾で簡単に消える。これをやったやつらも教職員に目をつけられたくはないのだ。まったく根性がない。笑いも出ない。

 落書きの内容は、頭の中を小学校に置き忘れたような陳腐なものばかり。シネだの根暗だの害虫だのキチガイだの、気にもならない単語の羅列。暴力男。社会のゴミ、クズとか。


 五分とかからず、僕の机は綺麗になる。要介護レベルの姉相手に身につけた家事スキルを持つ僕の敵ではない。雑魚が。


「おはよう、結弦」


 ちょうど掃除道具を片付けたところで、登校してきた女子生徒が僕の席にやってきた。


 栗色の髪を短く整えた、さばさばした性格のクラスメイト。

 姫嶋葉月ひめじまはづき。僕みたいな変なやつに友人として接してくれる珍しい存在だ。


 気の強そうな黒い目が、わずかな怒りを宿して僕の机に向けられる。


「なに? あいつら、またあんたの机になんかしてたの?」


「いや、今日はなにもしてなかったよ。毎日掃除しないと気分が悪いから、拭いてただけ」


 すぐに嘘だと見抜かれたらしい。葉月のまゆが不機嫌そうに歪む。


「いいのいいの。これは僕の問題。僕がどうにかするから、葉月は気にしないで」


「あんたが気にしなくても私が気にするのよ。殺意よ殺意」


 なんか下手なことを言えば僕が殴られそうな勢い。怒り出すと容赦なくつかみかかろうとする喧嘩っ早さは、男友達の目から見ても心配になる。とはいえ、高校でほとんど僕に関わる人がいない中で、葉月には本当に助けられている。正直頭が上がらない。


 葉月はまだ怒りが収まらない様子だったが、僕から少し離れた自分の席にどさりと体を投げ出していた。僕もようやく、自分の席に腰を下ろす。


 次第に他の生徒も登校してきて、クラスも賑やかになっていく。


 そしてそろそろ朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴ろうとしたとき、そいつらは来た。


 自分の席は反対側の廊下側にも関わらず、わざわざ僕の席に浮かべながらやってくる三人の男子生徒。

 筆頭にいるのは富岡とみおかという男子生徒。いつもつるんでいる取り巻き二人も一緒だ。


「おいおいなんだ出雲、今日も机が綺麗だなぁ」


 クラスの上位カースト気取ったリーダー気分の富岡。いつもセットが大変そうなほど突き上げられた金髪が、今日も元気に天井を向いている。


 小さくため息をこぼし、僕は取り立てて反応もせずに窓へと視線を逃がす。


 葉月が自分の席で怒りを露わにしているのがひしひしと伝わってくる。だけどなにか言ってくることはない。僕が執拗にお願いをしているからだ。


 僕が意に介していないことが気に障ったのか、相手の頭はすぐに熱くなる。富岡の後ろにいた腰巾着の一人が、僕の机を蹴り上げた。不快な音にクラスが静まりかえる。


「おい! なんとか言えよクズ野郎! それくらいしか脳がないんだからさぁ!」


「……もうそろそろホームルームが始まるよ。ピーピー言ってないで席に座れば?」


 富岡の目に、怒りが揺れた。伸ばされた腕が、僕のネクタイをつかみ締め上げる。


「お前……俺たちにそんな口をきいていいと思ってるわけ?」


 喉が圧迫され、苦々しい息が漏れた。


 見るに見かねたのか、視界のすみで葉月が机に手をついて立ち上がる。


 ちょうどそのとき、すべてを遮るようにチャイムが鳴り響いた。


 散っていたクラスメイトたちは、関わらないように注意しながらも自分の席へと戻っていく。


 富岡はつまらなさそうに舌打ちを落とすと、突き飛ばすように僕のネクタイから手を離す。そして自分の席にいき、机に鞄を叩きつけた。取り巻き二人も僕にゴミを見るような視線を向け、それぞれ離れていく。


 僕は動いた机を元の位置に戻し、乱れてしまったネクタイを一度ほどいて結び直す。


 今日はずいぶん虫の居所が悪かった。いつもなら僕の身の回りに悪さをする程度、遠くからヤジを飛ばしてくる程度で終わるのだが。


 しばらくして、まだ若い男性教師がやってきた。担任を受け持つのは初めての先生だ。僕たち高校生とほとんど変わらない背格好の童顔で、なんとも頼りない印象を受ける。クラスの嫌な雰囲気は感じているようだが、努めて気がつかないようにして教壇に立った。


 ホームルームが始まり僕は一人、窓の外に向けて嘆息を漏らす。


 この世界は、様々なつながりによって成り立っている。


 人も、ものも、時間も、世界も、過去も。

 つながりは、決して離さず、僕を自由にはしない。

 僕は、この世界に必要とされている。


 まったく厄介なつながりばかりの、どうしようもない毎日だ。


 幸いにもその日は、それ以上富岡たちが絡んでくることはなかった。授業が終わるなり、三人とも早々に教室から出ていった。


 富岡たちと同様に僕も帰宅部で、委員会などにも属していない。

 いつも通り、すべての荷物を残さないように気をつけて席を立つ。友だちと談笑していた葉月がちらりと視線を向けてくる。僕は言葉にはせず、さようならと手を振ると、葉月も小さく手を振り返してくれた。


 教室を出ると同時に、脇腹に手刀が突き刺さった。


「おっす結弦。お前も帰るのか?」


 現れたのは隣のクラスの男子生徒だ。高校二年生にしてやけに大きくがっちりとした体は、今日も健康的にこんがり焼けている。軽く茶色に染められた髪も相まって、男の僕から見ても結構な美男子だ。


「痛いなぁもう。気をつけてよ。危うく窓から投げ飛ばすところだったよ」


 僕の悪態に、男子生徒はけらけらと笑みをこぼす。


「僕はこれから帰りだけど、陽司、そっちは部活でしょ? なに帰る気でいるの?」


「自主休部。今日は待ちに待ったラノベの発売日だ。今回、最高に燃える展開みたいなんだよ」


 ライトノベルの発売日で部活をサボられる部員たちが不憫でならない。こう見えてもサッカー部のエースである。何度か見せてもらったが、素人目に見てもすごいプレーをするのだ。だけどサッカー部なんてなんのその、誰よりも自由奔放の生きている。


 榛名陽司はるなようじ。葉月同様、高校でできた僕の数少ない友人である。


 僕の注意もなんのその、陽司は僕の首に腕を回して歩き始めた。


 通学路が途中まで同じなので、僕が歩く傍らを、陽司が自転車をからからと併走する。


「部活にはちゃんと出なよ。葉月がサッカー部のマネージャーから愚痴られたってぼやいてたよ」


「ははっ、そりゃ葉月にも迷惑をかけますな」


 反省した様子もなく、陽司は声を上げて笑っている。


 葉月と陽司はいとこ同士で、子どものころから一緒に遊んでいた間柄なんだそうだ。校長や教頭も頼りにする優等生の葉月と、生徒指導の先生に目をつけられている問題児の陽司。葉月は陽司の問題を愚痴られる大変なポジションである。


「そういうお前は、愚痴の一つでもないのか?」


 はぐらかすためか、僕のことを考えてか、自転車をふらふらこぎながら陽司が聞いてきた。


 いつの間にかその口からは笑みが消えていた。反対に、僕の口には笑みが浮かぶ。


「あいにく、こぼしたくなるような愚痴はないね。いたって普通の高校生活だよ」


「結弦が今受けている扱いは、全然普通じゃねぇから。一年のときは、なにもなかっただろ」


 一年生のとき、陽司と葉月はそろって僕と同じクラスだった。二人だけは今も話す間柄だ。


 自分が傍目から見てどういうポジションにいるのか自覚はある。十分手痛い仕打ちを受けている認識もある。それでも、僕は現状を不満や愚痴という形で誰かに吐き出すことはない。


 僕が答えず黙っていると、陽司はつまらなそうに結んでいた口を解いて、ため息を漏らす。


「まあなにか仕返しをしてやろうと思ったときは呼んでくれ。最高に燃える展開だ」


「そんなことになるなら僕が全員ぶちのめすよ。陽司に手柄は上げない」


 なんだかんだで、普通の友人でいてくれる葉月や陽司には本当に感謝している。周囲に誰も味方がいなかったころに比べれば、どれほど心に余裕が持てることか。


 途中で陽司と別れ、僕は自宅へと足を向けた。陽司はわざわざ僕に合わせていたペースを取り戻すように、ロードレーサーさながらの速度で走り去っていった。よほどラノベが読みたかったらしい。今度、どんな本か教えてもらおう。



 僕の中でなにかが始まったのは、きっとそのときだ。



「……?」


 マンションの近くまで帰ってきたところで、不意に僕の足が止まった。


 特別なにかがあったわけではない。音がしたわけでも、視界のすみをなにかが横切ったわけでもない。


 ただ、なにか、呼ばれた気がしたのだ。後ろ髪を引かれるような、そんな感じ。


 立ち止まり振り返った先には、毎朝訪れている神社がある。


 突然、背後の街から突風が吹き抜け、神社へと続く石階段へと舞い上がった。


「…………」


 誘われるように、気がつけば僕は、神社に続く石階段に足を踏み出していた。


 空気がいつもと違う気がした。やけに、不自然なまでに澄んでいる。雨あがりの空気にも感じたが、それともまた違うなにか。


 朝と同じ数だけ石階段を上り切ると、神社の玄関である鳥居が僕を迎えてくれる。


 未だに、外界を飲み干すように鳥居に向かって風が流れ込んでいた。

 不思議な感覚だ。


「……ん?」


 ふと足下でなにかが光り、視線が吸い寄せられる。


 無意識のうちに、膝を曲げた僕はそれを手に取った。


 ブレスレットだった。ご神木の木の葉と同じ、鮮やかな緑の石を基調に作られたブレスレット。石に開けられた穴には革紐や組み紐が通され、一つのアクセサリーとして作り上げられている。


「落としもの……?」


 おもちゃや安物にしてはずいぶん手が込んだ代物だ。アイドルや芸能人が身につけていても違和感がなさそうなもの。

 腕から外れて落としてしまったのか、荷物からこぼれてしまったのか。とにかく手に取ったからには放置もできない。


 仕方なく、緑石のブレスレットを手に神社の社務所へと足を向ける。


 いつの間にか先ほどまで覚えていた、誘われるような感覚はなくなっていた。



 陰鬱な気持ちでマンションまで帰ってきたときには、すっかり日が暮れていた。


 毎朝参拝している神社で偶然拾ったブレスレット。


 落としものとして社務所に届けようとしたのだが、宮司さんは不在。やるせない思いで通学路を引き返して最寄りの交番まで歩いていけば、駐在さんまでいない。踏んだり蹴ったりだ。


「ただいまー。姉さん、帰ったよー」


 あまり声を張らずに語りかけるが、家主はうんともすんとも言わない。愛車のハスラーもお気に入りのスニーカーもあった。たぶん部屋で死んでいる。

 温めてすぐに食べられるカレーを作っておこう。昨日突然食べたいとリクエストがあったおでんをカレーにアレンジ、牛すじカレーにする。


 僕がこのマンションに住み始めたのは高校生になったとき、つまりは一年と少し前だ。それ以前は同じ県内ではあるが、少し離れた実家に住んでいた。


 姉さんはいまいちなにを考えているのかわからない。だけど、僕をあの嫌な場所から連れ出してくれて、このマンションに住まわせてくれた。本当に感謝している。


 シャワーを手短に浴びて、パーカーとカーゴパンツに着替える。普段なら適当にスウェットやジャージを着るのだが、あいにくすべて洗濯してしまっていた。


 牛すじカレーを味見ついでに食べ終え、洗い物や掃除などを一通りの家事を終わらせてしまう。姉さんは家事が致命的にできない。マンションに住まわせてもらっている立場としても家事は欠かさない。


 自室へと入ると、質素で乾いた空気が僕を迎えてくれる。


 シンプルなベッドとパソコンデスクがそれぞれ一つ。パソコンデスクには時折調べ物をするノートパソコン。窓の横にある本棚には、自宅から持ってきた漫画や姉さんのおさがり本が大量に詰め込まれている。姉さんの自室は足の踏み場もないほど本があり、あふれた本は廊下に積み上げられる。仕方なく僕が回収して読んでいるのだ。


 それ以外に自分の荷物は少ない。ものは大事にする主義だが、どうにも物欲に乏しいのだ。


「はぁ……それにしてもこれ、どうしよ……」


 宿題を書き進めていたシャーペンでノートを叩きながら、机のすみにあるそれを見やる。


 神社で拾ったブレスレット。捨てる、元々あった神社の境内に戻すなんてことはできずに、結局持って帰ってきてしまった。粗雑な扱いをするのも気が引けたので、ハンカチを下に敷いてブレスレットを置いている。


 緑の石をあつらえたブレスレット。おそらく、石は天然石だと思う。少なくとも知ればあごが外れる高価な宝石の類いではない、と思いたい。


 実際、どうにもこうにも神社か駐在所で引き取ってもらうしかない。


 宿題を手短に終わらせ、灯りを消す。


 ベッドに向かう前に、何気なく、窓を開けた。


 春を感じさせる、涼しくも暖かい風が前髪を揺らした。姉さんのマンションは四階で、僕が住む街々を眺めることができる。


 雲一つない空には、大きな満月と、月光にも負けず輝く星空がある。


 最近、バカみたいに歪んだ生活をしている。

 今のやり方が間違っていることなんてわかっているのだ。それでもやり方は変えられず、だとしても最低限の結果は残せている。


 誰かの声も、どれだけ重ねた願いも、絡み合う人のつながりも、すべてなくなったって構わない。そんなものがなんの救いにもならないって、僕は知ってしまったから。


 誰かに必要とされることに、どれほどの意味があるのだろうか。なんのために必要とされるのだろうか。


 ため息を落とし、窓を閉めてベッドに体を投げ出す。


 布団にくるまっても、いっこうにまぶたが重くならない。最近、寝付けない日が増えている。もともと眠りが浅いたちではあるが悩みの種になりつつある。


 日付が変わっても、まだまだ眠れる気配はなかった。


 あきらめて本でも読もうかと、ベッド脇のパソコンデスクに手を滑らせる。


 ふと覚えのない感触に手が当たり、体を起こした。

 窓から差し込む月明かりを受けて、机の上でブレスレットが緑色の輝きを放っていた。

 持ち主にとっては必要なものかもしれない。大きな思いが込められているかもしれない。大切なものかもしれない。


 なぜか無意識のうちに、ブレスレットを手に取っていた。


 少しひんやりとした石の心地よさ。使い込まれて味が出ている革紐や組み紐の肌触り。


 きっとこの子も、持ち主のところに帰りたがっているのだろう。


 両手で包み込むように、ブレスレットを握りしめる。


「そんなに心配しなくても、ちゃんと……明日……」


 次第に、まぶたが重たくなる。暗い気持ちに覆われていた心が静まり、不思議と心地よい感覚が体を満たしていく。


 そして視界に緑色の光が差したのを最後に、僕の意識は、まどろみの中に沈んでいった。



 気がつけば、僕は白昼の神社に一人、立っていた。



 世界が、つながった。

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