燈火①
清潔感のあるクラシックモダン風の店内と洒落たBGMがまるで少女を艶美な大人の世界へと導くような雰囲気を纏い、幅広い世代をターゲットに売り出すファッションブランドの風格を静かに醸し出している。近頃は女子高生の来店も増えているようだ。アルバイトをしていれば割と手を出しやすい価格の商品もあるからだろう。
店頭に立つ販売スタッフはそのイメージに合うようにスーツ風の制服を身に着けている。
駅近のビル内に入っているファッションブランド『
実際入社してみると店長を目指して販売員になった人や転職を前提に考えている人が意外と多くいたため、初めはその多様性の富んだ働き方に驚いた。だが、ただ淡々と仕事を全うするよりも、先を見据えて働くほうが飽き性の透夏にも合っているのではないかと思った。長く同じ仕事を続けることも大切だが、自分がもっと活躍できる場所があるならば、必ずしも同じ会社で長くやっていく必要はないだろうという判断の上で、透夏も転職を視野に入れてみることにした。現在は地盤固めのために日々勉強している。もちろん不安もあるが。
「三染ちゃん」
そんなことをぼうっと考えていると、清楚な雰囲気の女性が声をかけてきた。透夏と同じくこの春から入社した同期の
「どうしたの、なんか悩み事?」
「いや、そういうわけじゃなくて」
凪は透夏の顔色を伺いながら隣に立つ。「そういえば今日は十七時で上がりだったよね。私も一緒だから飲みに行かない?」
「え、行く!」
「あはは、即答だね」
透夏は凪の気遣いに内心嬉しくなった。腕時計をちらっと確認すると、十七時まではあと二時間ほどだった。
六月の平日は客が少なく、悪天候の日は特に客足が遠のき、棚卸しの日以外は品出しを終えてしまえばある程度暇になる。十七時を過ぎたあたりから帰宅ラッシュに伴い段々と混み始めるが、今日は一日雨の予報だったような気がするのでいつもより手が空くだろう。
「来月からセールが始まるし
「繁忙期の大変さをまだ私たちは知らないけどね」と言いながら凪はひとつため息を吐く。「聞いた限りでは地獄のようだけど」
「声出しが特にね」
「ゆっくり三染ちゃんと飲みに行けるのも今のうちかぁ……考えたくない」
そう話しているとレジに向かってくる客の姿が見えた。気付いた凪が小声で「あと少し頑張ろうね」と言ってフロアへと戻っていった。
何となく繁忙期に入っても凪が飲みに誘ってくれそうな気がして、透夏の口元が緩む。仕事終わりに愚痴を吐きたくなるのはお互い様だと分かっているからだ。
少しくすぐったい気持ちを抑えて、透夏は客に向けて笑顔を浮かべ会計の準備を始めた。その表情は子どもが小さな飴玉を貰ったときのようにキラキラと弾けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます