朝露のように散る

明夏あさひ@イラストにもお熱

プロローグ

 空気が重い。

 どく、どく、と脈に合わせて頭に響く鈍い痛みで目が覚める。枕元の時計を見ると午前九時を少し過ぎたあたりだった。とっくに太陽は出ているはずなのに部屋の中は薄暗く、肌に空気がじっとりと張りつくようで、わずかに不快感を覚える。

 指先でカーテンを少しめくると、窓に弾ける水滴が見えた。どうやらこの頭痛は天気によるものらしい。不機嫌に空を睨んだが、痛みは変わらず襲ってくる。

 仕方なくベッドを出て朝食の準備をすることにした。いつも食パン一枚にハムとスライスチーズをのせてトースターで焼き、茉莉花ジャスミンの紅茶を合わせている。爽やかな風味をストレートで楽しみ、食後にミルクを入れてまた違った優しい味わいに耽溺するのが飽きないのだ。

 テーブルに朝食とティーポットを揃え、角砂糖を溶かすためのスプーンを置き、腰を落ち着けたところで重苦しい部屋にひとつ息をついた。

 この時間が私の一日を支えている。いま私の部屋と心を満たすものは、しんみりと窓に打ちつける雨の音、食パンとスライスチーズの香ばしい食欲をそそる匂い、そして淡くまろやかに口に広がる茉莉花だけ。

 それを感覚の全てを使って一つひとつ咀嚼し、いつもの時間を変わらず終えたことに安堵する。食事を済ませること自体も大切だが、ルーティンというのは面倒な流れ作業ではなく"安定した刺激"でなければならない。刺激というより、休息に近いが。

 過去に一度近くのカフェで朝食をとったことがあるが、外界の乱雑な音に感覚が蹂躙され、心から楽しむことができなかった。また茉莉花の茶葉を切らしてしまった時はやむを得ず珈琲で済ませたのだが、出勤前にどうしても茉莉花の香りが恋しくなり、ペットボトルの紅茶を購入して過ごしたことは記憶に新しい。そのぐらい私にとって価値のある時間であり、なくてはならないものなのだ。

 

 カップと皿が空になり食後の余韻に浸ったとき、いつの間にか頭痛が治まっていることに気が付いた。窓の外を見ると雨の勢いがだいぶ弱まっていて、音は小さく聞こえるだけだった。これで今日も問題なく動けそうだ。

 私はまた一息ついて、身支度を始めた。

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