エピローグ

 岡山に帰ってきてから、初めての夏が来た。


 七月になり、さらには梅雨になってもしばらくたつのに、ほとんど雨が降らないというのが晴れの国岡山である。日本特有の嫌になる蒸し暑さが、連日延々と続いている。


 そんな夏日に写真部四名プラス一名は、岡山のとある観光名所に訪れていた。


「風が気持ちいいっすねー」


「本当ですね。見晴らしも最高です」


 桃子と早乙女が降り注ぐ日差しのもと、猫のように体を伸ばして心地よい風に当たっている。


「潮の香り、すごく癒やされる」


 いつも笑みを絶やさないイケメン湊斗は、この暑さの中で汗一つ流さずご満悦である。


 俺とほとりも開放感あふれる景色を前に、カメラを手に立っていた。


 岡山県南部にある、岡山県と香川県を結ぶ日本一大きな橋、瀬戸大橋。

 そしてここは、遙か先まで続く瀬戸大橋を一望できる山、鷲羽山。

 雄大な瀬戸大橋と点在する数十の多島美がおりなす絶好の展望スポットだ。今日のように雲一つない晴れた日には、素晴らしい絶景を見ることができる。


 ほとりは、瀬戸大橋を眺める俺たちにカメラを向けていた。


 今し方撮影した写真を見て、ほとりは嬉しそうににへらと笑みを浮かべている。以前にも増して、ほとりは幸せそうに写真を撮る。来る日も来る日も、毎日毎日楽しげに。本当に、心の底から好きなことを、楽しんで。


「どうだ? カメラの向こう側の景色は」


「……今日も楽しくてきらきらした、私の大好きな世界が写っているかな」


 少し恥ずかしそうに、くすぐったそうに笑みを浮かべる。


 俺も笑い、首に提げていたカメラを手に取る。


 そして、鷲羽山からの景色に向けて、シャッターを切った。俺たちが生きる綺麗な世界が切り取られ、写真になる。


 ほとりの写真が変わったことやこれまでの実績から、写真部の評判はさらによくなっている。噂を聞きつけた瀬戸高生徒、依頼を受けた人たちや、ギャラリーカフェツバメで一色さんも宣伝してくれている。おかげで結構な数の依頼が持ち込まれるようになっている。


 今日は久しぶりのオフだったので、みんなで遊びに出てきたのだ。


「瞳美ちゃんも今日は来てくれてありがとうね」


 ほとりが改めてお礼を言うと、早乙女はにっこりと微笑んだ。


「とんでもありません。写真部に入れないと言った私を名誉部員にしてくださっただけでも、本当に嬉しいんです。今日も誘ってくださって、こちらこそありがとうございます」


 ほとりが早乙女を写真部に誘ったのは、十万人写真記念展プレーオープンの数日後。なけなしの勇気と雀の涙ほどのコミュ力をありったけにかき集めた勧誘だった。


 しかし早乙女は、日常的に習い事や以前にも増して増えているという親の手伝いがある。そのため、あまり活動に参加できないから入部を断ったのだ。活動できるときだけすれば十分なのだが、それを真面目な早乙女はよしとはできないらしい。写真を撮らないお菓子係とお茶係がいるのに、今更なにを気にする必要があるというのか。


 だが今回は、その程度で引き下がるほとりではなかった。参加できるときだけ一緒に参加してほしいと、名誉部員なる役職を勝手に作り強引に勧誘。なんとか了承にこぎ着けたのだ。ずいぶんアグレッシブなことをするようになったものである。


「みんな、今更だけど、いろいろ迷惑かけてごめんなさい」


 一度は手放してしまったカメラを手に、ほとりは俺たちに言った。


 桃子と湊斗は顔を見合わせ、途端に大声を上げて笑う。


「なに言ってるんすか。ほとりんが写真をやめるわけがないっすから、迷惑なんて思ってないっすよ」


「うん、僕でもそれくらいわかる」


「そ、そうかな……」


 ほとりは恥ずかしそうに頬を染め、大事に抱えるカメラを見下ろした。


「これからも、みんなでいろんな場所に行きたい。写真部のお仕事も、まだまだ見たことがない景色を行くのも、もっと新しいことをするのも。それからずっと、写真を撮り続けていきたい」


 高校生になったばかりのほとりは、そよ風のようにふわふわと行きたい場所もわからず漂っていた。


 青葉さんから教えてもらった写真を撮らないといけないから、写真部で誰かのための写真を撮らないといけないから、こうしなければ、いけないからと。

 しかしようやく、自分の意志で進む道を決めて、しっかり自分の足で歩むようになった。

 青葉さんのようになりたいからでも、写真を撮らないといけないという後ろめたさでもなく、自分自身がやりたいことを、やるために。


 それでも少し自信なさげに、だけどはっきりと、ほとりは口を開く。


「こんな、頼りない部長だけど、これからも一緒にいてくれると、嬉しいかな」


 どこか輝いて見えたその横顔に、俺は気づけばシャッターを切っていた。


「部長の頼りなさなんて、俺たちは知っている。なんのために俺たちがいると思ってるんだ」


 シャッターに気づきこちらを向くほとりに、俺は笑いながら言う。


「お前がどれだけ頼りないとしても、お前はお前のやりたいことを好きにすればいい。俺たちはお前を支えて、一緒に写真部でいる。俺たち部員は、頼りない部長を支えるためにいるんだ」


「真也君……」


 嬉しそうに頬を緩めるほとり。


「なに言ってるんすか? 違うっすよ」


「うん、全然違うね」


 だが、湊斗と桃子ににべもなくきっぱりと否定された。

 二人は俺の両脇からにやにやと笑みを浮かべて顔をのぞき込んでくる。


「私たちは頼りない部長と、情け頼りない副部長を支えるためにいるんすよ。なに当たり前みたいに自分を外してるんすか」


「本当に桃子さんの言うとおり。なんで自分は頼りになるみたいな言い回しをしているのかな。今回、どれだけ僕たちに気を遣わせたと思ってるのさ」


 がすがすと湊斗が脇腹を小突いてくる。


「これからも支えますよ。頼りない部長と情け頼りない副部長さんを」


「それが、私たち瀬戸高写真部っすからね」


 楽しげに湊斗と桃子が笑う。

 生暖かいやりとりに体が火照って、まとわりつく二人を振り払う。


「うるせぇな。とりあえずお前たちは写真撮るところから始めろよ。名誉部員が写真を撮るのに、正規部員が写真を撮らないってどうなんだよ」


「いいじゃないっすか別にー」


「そうそう、運動部でいうとマネージャーやマスコット的存在とだと思ってくれればいいよ」


「マネージャーはともかくマスコットってなんだよ。あと自分で言うな」


 桃子はけらけらと笑うと、早乙女に駆け寄って腕を絡めた。


「こっちには瀬戸高マドンナひとみんがいるのだ! 部長副部長より権力は上っすよ」


 早乙女になにを求めているのか謎である。


「そういえばまだお二人は写真を撮らないんでしたね。だったら私と一緒に撮りますか?」


 早乙女は肩にかけていたポーチから赤色のアルバムを取り出す。


「はわわ……」


「あーあ……」


 ほとりが頬を引きつらせ、俺も思わずたじろいだ。先日の衝撃がまだ抜けていない。


「あれ、それは早乙女さんのアルバム?」


 取り出されたアルバムに、湊斗は興味ありげに早乙女に歩み寄った。


「はい。ほとりさんたちを見習って、私もアルバムを持つようにしたんです。見ていただけますか?」


 開かれるアルバムに、桃子と湊斗は興味津々とのぞき込む。


 そして、表情が凍り付いた。


「どうですかこの写真。素晴らしいと思いませんか?」


 湊斗と桃子の鼻っ面に突きつけられる写真は、人でもなければ風景でもない。


「この複眼とか、最高じゃないですか? タマムシって綺麗ですけど顔をとってもかわいいんです。それにこのフォルム、痺れませんか? このシーボルトミミズは、意外にも日本固有種で、このメタリックな体色が本当に綺麗なんです」


 虫写真である。アルバムに納められた写真はどれも虫、虫、虫。アリやらトンボやらムカデやらクモやらミミズやら、綺麗な虫から目を背けたくなる虫まで、様々な写真が納められている。


 決して悪い写真ではない。ダイナミックかつ魅力的な部分は、まああるにはある。だがいかんせん、抵抗がない人には相当、くる。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっす……わ、わわわわわわ私、むむむ虫は……」


 いつもは鬱陶しいくらいに明るい桃子が、人ってこんな色になるんだなってくらい顔を青くして後ずさる。


「ユ、ユニークな写真だね……」


 言葉は平静を装っているが、湊斗も口が歪んで、元に戻らないんじゃないかというほどねじ曲がっている。


 桃子は料理好きで湊斗はセラピスト志望。そりゃあ虫とは対極である。


 何日か前にも、俺とほとりは熱烈な勧誘を受けている。丁重にお断りさせていただいているが。


「いえいえ! 遠慮はいりません。ほとりさんと日宮君は撮りたい写真があるので無理でしたけど、まだ撮りたいものが決まっていないお二人なら大丈夫です! やれます!」


 なにをだよ。こいつもこいつで、だんぶなんか、あれだ。


「お二人をお借りします! 夏の鷲羽山は虫の宝庫。必ず二人を虫好きにしますから!」


 写真の内容や思考はぶっ飛んでいるが、純粋無垢な早乙女に対応に困る二人。


「ちょ、ほとりん……っ」


「ヘルプ……ヘルプ……っ」


 切羽詰まった桃子と湊斗が助けを求めてくる。


「あ、俺とほとりはまだここで撮りたい写真があるので、すいません。頼りなくて情けない俺たちを、支えてください」


「う、裏切り者おおおお!」


「あとで激辛きびだんご食べさせるっすうううう!」


「じゃあ行きますよ!」


 早乙女は桃子と湊斗の腕を掴み、早乙女は颯爽と鷲羽山の斜面を駆け下りていく。


 三人の姿はあっという間に見えなくなり、遠くで悲鳴のようなものが響き渡った。


「い、行っちゃった。だ、大丈夫かな……?」


「まあスケープゴートとして頑張ってもらおう」


 あのテンションの早乙女にこの炎天下で付き合えば、こっちの身が持たない。どんな風に二人が変わってくるのか興味はある。人相とか変わってないといいけど。


 残された俺とほとりは、鷲羽山からの世界を見渡す。


 吹き抜ける暖かくも涼しい風。陽光を受けてきらきらと光る水面と、遙か先まで伸びる瀬戸大橋。本当に綺麗な光景だ。


 ほとりは背負っていたリュックから、青いアルバムを取り出した。青葉さんのアルバムである。

 一つのページが開かれる。

 そのページにある写真は、俺たちが今いるここから見渡している光景と同じ、瀬戸大橋の風景だ。


「お兄ちゃんも、ここに来たんだね」


 わずかな寂しさを含む表情を浮かべ、それでも朗らかにほとりは笑う。


 俺たちがこの場所に来た理由は、ただここが綺麗な観光スポットだからという理由だけではない。この場所は、青葉さんのアルバムにずっと納められている写真の一つなのだ。


「青葉さんは、いろんな場所に連れていってくれた。本当に、いろいろ。でも、青葉さんは青葉さんで、もっといろんな場所に行ってんだよな」


 常に飛び回っていないと気がすまない人だった。世界は広く、日本も十分すぎるほど広い。あの人が、どこまで行っていたのかわからない。


「私、もっともっと、お兄ちゃんが行っていた場所の景色、見てみたいかな」


 自らの意志で、自分自身の気持ちで、ほとりはそう言った。


 アルバムにはまだまだ青葉さんが訪れた場所の写真がある。ほとりが写っている写真も、俺が写っている写真も、一色さんが写っている写真も、たくさん、たくさんあった。いろんな世界が、そこにはあった。


「青葉さんの見た景色、俺も見たいな」


 どんなことを思って生きたのか、なにを考えてその景色を撮ったのか。俺に写真を教えてくれたあの人が、どんな思いを込めて写真を撮ったのか。


 それを、知りたい。


「一緒に行こうよ。お兄ちゃんの景色、真也君にも見てもらいたいよ」


「ああ、どこまでも、付き合うよ」


 俺たちのカメラで青葉さんの道を写したとき、どんな写真が写るのか、どんな気持ちが写るのか。考えるだけでも、楽しくなってくる。


 鷲羽山からの景色を眺めながら、ほとりが口を開く。


「私ね、写真部を再発足させるって決めたとき、すごく不安だったんだ。写真部の活動内容が撮影依頼ってこともそうだったけど、カメラが見えない状態で、ひとりぼっちで、本当に写真部としてやっていけるのかなって。写真を撮っていけるのかなって、ずっと不安だった」


 青葉さんがいなくなってからの数年間、ほとりはカメラから離れた。そして止まってしまった時間を、青葉さんがいなくなってしまった世界から歩き出すために、ほとり自身が決めた、最初の一歩。


 それが、瀬戸高写真部。


「でも、真也君が帰ってきてくれた。桃ちゃんも付き合うって言ってくれて、湊斗も入ってくれて、瞳美ちゃんも一緒に写真を撮ってくれるようになった。全部全部、真也君がいてくれたから。だから、ありがとう」


 ほとりから笑顔とともにお礼が投げられ、俺は思わず笑ってしまう。


「お礼を言いたいのは、むしろ俺の方だよ」


 自らのカメラを握りしめ、そっと息を吐く。


「俺もさ、こっちでの高校生活がこんなに楽しくなるなんて、思ってなかったよ」


 東京での生活が楽しくなかったわけではない。たとえ岡山に帰ってくることがなくても、ほとりたちがいなくても、俺の日常は当たり前に続いていたと思う。


 それでも自分が選び、歩いたこの道は、かけがえもないほど尊く、輝いている。この楽しい毎日があるのは、やっぱりほとりたちがいたからだ。


「だから、お互い様だよ。俺もやっぱり写真が好きだ。将来、仕事にするのかはまだわからないけど、絶対に写真は続けていく。ずっとずっと、一生な」


「私も、って言いたいけど、私は前科があるから説得力がないかな」


 たははと、ほとりが乾いた笑いを浮かべる。


「いいんだよ。カメラから離れたって。歩き続けるのは疲れるし、わからなくなるだろ」


「わからなくなる?」


「なんとなく始めたことってさ、ふと立ち止まると、なんで自分が好きなのかわからなくなってあると思うんだ」


 青葉さんから教えてもらってほとりは写真を始めた。そのままずっと写真を撮り続けていたから、自分がカメラを、写真をどう思っているかを深く考えることがなかった。だからふとしたきっかけで立ち止まると、自分の手にあるものが青葉さんからの借り物であると感じてしまったのだ。


 実際は、すべてほとり自身の宝物であったことにも、気づかずに。


 そして――


「俺も、立ち止まって、いろいろわかったよ」


「真也君も立ち止まってたの?」


「ああ、盛大にすっころんでたからな」


 俺も、自分自身と向き合わざるを得なかった。


 どうして写真を撮ってきたのか。なぜほとりに写真を撮ってもらいたいのか。

 二度と戻ることがない景色に、そのときの気持ちに立ち返ることができるもの。

 この世界に、なにかを残すことが写真はできる。その瞬間を生きていた自分自身を残すことが、写真はできる。


 かつてほとりを写した写真のように、俺が心動かされた世界を。


「真也君は、私がきっかけで写真を始めたんだよね」


「ああ、お前に出会わなかったら、俺は写真を撮ることはなかったと思うよ」


 なにをしていたかはわからない。もしかしたらそれなりに楽しくやっていたかもしれない。でも、今よりも楽しい生活だとはどうしても思えなかった。


 そう考えると、自然と口が緩んだ。


「俺さ、これからはもっと人の写真を撮っていこうと思うんだ」


 自らが進みたい道を口にする。


「これまでは、人を撮ることを怖がって、風景とか、友だちくらいしか撮ってこなかった。けど今回のことで、改めてわかったんだ。俺が写真を始めたきっかけは、楽しそうに写真を撮るほとりだったんだよ。だからこれからはもっと、いろんな人を、俺も撮っていこうと思う」


 俺の新しい目標。これまでできなかったことを、やってみる。


「うん! それすごくいいと思う! 真也君も頑張って撮ろう」


 顔を輝かせ、本当に嬉しそうに笑うその姿に、思わず笑ってしまう。


 不意に強い風が吹いて、ほとりの手の中でぱらぱらとアルバムのページが舞った。

 青葉さんのアルバムには、本当にいろんな写真があった。全体的に風景写真が多かったけど、それでもたくさんの人物写真もある。一色さんから、実は青葉さんも人物写真が苦手だったと聞いたあとでは、青葉さんも頑張って人の写真を撮ってきたんだとわかる。

 だけど俺は、青葉さんのアルバムを見て、アルバムの中にあってほしいものがないことに、気がついていた。


「やっぱりさ、青葉さんのアルバムには、青葉さんの写真はないんだよな」


 青葉さんのアルバムだから当然なのだが、撮影者である青葉さんの写真には、このアルバムの中には入っていない。


 こちらを見上げてくるほとりに、俺は息を漏らしながら言う。


「自分の好きな風景や人たちは、どんどん写真になって増えていくけど、それでも写真を撮っている人は入らない。たしかに青葉さんが写真を撮ったときの気持ちや感情は写っている。でも青葉さんが撮ってきた写真にも、青葉さんの姿はないんだよな。俺はもっと、青葉さんの写真を撮りたかったよ」


「うん……そうだね……」


 写真は今の景色を写すもの。気持ちを写すもの。

 未来にその写真を見ることはできるけど、過去の写真を撮ることは、どうしたってできない。


「桃子が、ほとりが写真を撮らなかった三年間のアルバムを作って、思ったんだ。俺も、これから写真を撮っていくほとりの写真を、撮っていきたいなって」


「真也君が?」


「お前がどれだけ写真を撮っても、お前の写真にはお前がいない。だから俺がほとりを撮って、もしほとりがその写真を気に入ってくれたらさ、ほとりが写っている写真がほとりのアルバムに入ってくれたら、嬉しいなって思うんだ」


 まだ人を撮ることは慣れない。本当はほとりたちや友だちを撮るときも、どうしても自分に向けられる気持ちを気にしてしまう。でも、俺もほとりと同じように、人が輝く瞬間を残したいと思うようになった。


 ほとりは、少しきょとんとしたように目をぱちぱちとさせていた。


 しかしやがて、その頬に徐々に朱が差していく。


「し、真也君がそれでいいなら、わ、私は嬉しいけど……」


 その先は言葉にはならず、ただもごもごと口ごもっている。


 そんなしおらしいほとりに、俺は吹きだしてしまう。


「ああっ、なんで笑うのかなっ?」


「いや、別になんでも」


 笑いを噛み殺す俺に、ほとりはむうーっと頬を膨らませていた。


「あっ! だったら!」


 突然思いついたように、ほとりがカメラを手にずいっと俺に近づいた。


「だったら、真也君の写真は私が撮るよ」


「ほとりが?」


 先ほどのほとりと同じように、俺も聞き返す。


「真也君が私の写真を撮ってくれるんなら、今度は真也君が写真に写らないでしょ? だったら真也君の写真は私が撮るよ。それで真也君が私の写真を気に入ってくれたら、真也君のアルバムに入れてくれるよね?」


 言って、ほとりは軽快に後ろに下がりながら、カメラを構える。


「だから真也君は、私を撮ってね」


 わずかに気恥ずかしさを残したような表情で、それでもほとりは楽しげに笑う。


「……ははっ、そうだな。ほとりが俺を撮って、俺がほとりを撮る。これからも、ずっと」


 俺もカメラを持ち上げ、ほとりへと向ける。


 俺たちの世界を写してくれるカメラ。

 そして、自分自身を写す鏡。


 カメラの向こう側に、楽しげに笑みを浮かべて、カメラを構えるほとりの姿がある。


 ほとりの方からは、俺はどんな風に写っているだろうか。


 どんな風に写すのだろうか。その写真には、どんな気持ちが写るのだろうか。


 俺が撮るほとりの写真に写り込む、ほとりへの気持ちにも、いつかほとりは気づくだろうか。そんな未来を思うと、気恥ずかしさとともに、どこか心に温かな気持ちが広がっていく。


 俺たちのカメラにはこれからも、たくさんのものが写っていくだろう。

 いろんな世界を、気持ちを写していくだろう。


 綺麗なものだけじゃない。辛いことも、悲しいことも、嫌なことだって数え切れないほどある世界。

 だけどそれでも、この世界ある楽しいものを、好きなものを、輝くこの気持ちを、俺たちのカメラで写していきたい。


 写真を撮りたい。俺も、ほとりも。


 カシャ。


 二つのカメラのシャッター音が、俺たちの気持ちが、重なる。


 タイトル――



『その写真にはきっと』

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その写真にはきっと 楓馬知 @safira0423

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