その写真にはきっと -3-

 私は、なにを怖がっていたんだろう。なにが、私の世界を遮っていたんだろう。


 全部、わかっている。

 カメラは、自分自身が見ている景色を写し出す。しかし同時に、撮影者自身を写し出す鏡でもある。


 ――カメラはね、心を動かされた瞬間を、自分自身の世界を写し出す鏡なんだ。


 お兄ちゃんが言っていた言葉の意味が、ようやくわかった。


 私はずっと、カメラは世界に向けられた鏡だと思っていた。


 でも、それだけじゃなかったんだよね、お兄ちゃん。


 鏡は世界に向いていると同時に、写真を撮っている私自身にも向いていた。

 撮影した写真は、自分が心を動かされた瞬間。

 写真に写る景色は、撮影者が好きな景色、撮影者が訪れた場所、生きる世界、撮影者が立っていた場所を写し出す。


 そして同時に、撮影者自身に向けられる気持ちも、写してくれる。

 写真に写る人たちの表情や感情は、撮影者自身を鏡のように反映したもの。姿見が自分の姿を映すように、撮影者を写真に写す。

 お兄ちゃんと一緒に写真を撮っている間は、写真は私の楽しいものばかり写してくれた。好きなものばかりを写してくれた。


 私は、自分自身が撮った写真で、誰かになにかをつなげていきたかった。私がお兄ちゃんからそうしてもらったように、写真で私たちが生きる世界のことをつなげていきたかった。だから、私が好きな写真で、誰かに悲しい気持ちや辛い気持ちをつなげていくことをしたくなかった。


 カメラの向こう側が見えなくなったのは、私がカメラという鏡を見るのをやめたから。

 お兄ちゃんがいなくなった現実からずっと逃げて、私自身を写す鏡から目をそらした。

 カメラを持つ私の気持ちが写真に写ることを恐れ、カメラを手にして怖がっている私を見る、みんなから向けられる気持ちをも恐れた。


 カメラを握る手に、力がこもる。


 十年前から変わらずに一緒にいてくれたこの友だちは、誰よりも私の気持ちをわかっていたんだ。現実を受け入れず、前に進もうともせず、世界から目をそらして立ち止まった私に、見えるものなどなかった。

 生きることは、楽しいことや、嬉しいことばかりじゃない。辛いことだって、悲しいことだって、嫌なことだって、たくさんたくさんある。好きなことも、嫌いなことも当然あるのが私たちの世界だ。


 でも、一つ言えるのは、私の世界は今、かけがえもなく輝いている。


 今、私の前に集まってくれているみんなは、私の世界そのものだ。こんな楽しい毎日が、輝く日々が目の前にあるのに、ずっと立ち止まっていた私には見えていなかった。

 でも真也君が、みんなが教えてくれた。


 私は、写真が好きだ。


 どうしようもなく、手放せるわけもなく、やめることなどできるはずもないほどに。

 何度嫌いになりかけても、やめようと思っても、それでも写真が大好きなんだ。



 ――カメラの向こう側で、大好きなみんなが笑っている。 



 抑えようもない感情が、私の心から止めどなくあふれ出し、頬を伝って流れていく。


 カメラは私がお兄ちゃんに教えてもらったもの。

 そして私が写真に写すものは、私自身の気持ち。

 写真が好き、毎日が好き、みんなが大好きだという、純粋な気持ち。


 三年ぶりに見た向こう側の景色は、私の気持ちがあふれて、きらきらと輝いていた。


 自然と、指がシャッターボタンにかかる。


 お兄ちゃん、今までありがとう。

 写真はお兄ちゃんに教えてもらったものだけど、お兄ちゃんを理由に撮るものでも、嫌なことから目を背けるものでもなかったんだよね。

 これからは、私の、自分自身のために、私の気持ちを写真に写していくよ。


 大好きなカメラの向こう側で笑う、大好きなみんなに向けて、シャッターを切る。



 その写真にはきっと――

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