青葉さんのこと -3-

 初めて、泣いているほとりを見た。



 両親からあの人の訃報を聞いた俺は、母さんをともなって数年ぶりに岡山へと帰ってきた。

 平日で両親は仕事、俺は中学があったにも関わらず、母さんがうまく時間を作ってくれて、岡山に帰ってくることができた。


 きちんと、お別れをしないといけないよ、って。


 両親の祖父母もまだ健在で、周りで誰も亡くなったことなどなかった俺にとって、お葬式というもの自体が初めてだった。


 晴れの国岡山と言われていても、雨は降る。

 あの日は、朝からずっと雨が降っていた。

 しとしとと、もしかしたらこのままずっと降り続けるんじゃないかと思えるほど、ずっとずっと降り注いでいた。


 葬儀が執り行われる斎場には、多くの人が集まっていた。黒い服に身を包み、重く悲しい空気を纏いながら、青葉さんを送り出すために。


 俺はすぐにほとりの姿を見つけた。


 最前列に、ほとりはいた。

 最後に別れてから数年の時間が流れても、小柄な体型に幼い容貌、おさげにした黒い髪は変わっていなかった。


 ほとりは、泣いていた。


 隣に座る母親に抱きしめられ、式が始まる前から終わったあとまで、ずっと、ずっと。人見知りが激しく、積極的に他人と関わることのないほとりは、喧嘩やいじめのような争い事から遠く離れた場所にいた。


 いつもにこにこと楽しげに、誰よりも幸せそうに笑う女の子だった。泣いているところなんて、一度として見たことがなかった。


 お経や多くの人がすすり泣く声に混じって、なにより俺の耳は、ずっとほとりのものだけが届いていた。言葉を発することもできず、ただ嗚咽とともに、深い悲しみと嘆く感情と、それから、青葉さんと過ごしてきた思い出全てを吐き出すように、ほとりの慟哭がどこまでも響いていた。


 いつの間にか、俺の頬にも何かが伝っていた。

 ぽたり、ぽたりと。手の甲に雫が落ちたのを見て、ようやく俺も泣いているのだとわかった。


 あの人が、もういない。それだけで、胸の中がかつて過ごした時間と思い出で一杯になって、コップに注ぎすぎた水が溢れるように、流れ出していった。


 俺は、ほとりに声一つ、かけてあげることができなかった。


 東京に住んでいる。そんな言い訳にもならない理由で、ほとりの側にいて、一緒に青葉さんのことを想ってあげられなかった。

 母親の胸の中で涙を流し、嗚咽とともに感情を吐き出し続けるほとりを、見ていることしかできなかった。



 あの日、泣いている、ほとりを見た。

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