歴史
ワライカブリの歴史は道化師と同じく、古代エジプトまでさかのぼることになる。生物学者によると、地球上の系統図から完全に外れた存在であり、古来宇宙から飛来したという見方が有力のようだった。ただワライカブリが発見されたのは16世紀半ばごろであり、それ以前は人の歴史の陰で暗躍してきたようだ。
人や他の動物や、命無き物に化けて、道化となり人を笑わせて、それを力とする。笑顔を力とすると言うとなかなか素敵だと思うかもしれないがすべてが善良なわけではない。中性ヨーロッパにおけるワライカブリは権力者に取り入り無理やり下々の者を笑わせたりしていた。20世紀後半に、ワライカブリが貯水タンクに笑気成分を含む薬物を混入し、多くの死者を出したというのは有名な事件だった。
しかしそんな害虫ばかりではなく、当然人と共生してきた群体のほうが多い。時には宮廷道化師となり権力者を笑わせ、時には友人となり友を笑わせ、時には善良な権力者となって民を笑わせてきた。今現在活躍しているコメディアンの何割かは、ワライカブリであると言われている。
その一方で人間たちもまた、ワライカブリを全力で利用しようとして来た。まず初めに考えられたのは奴隷としての使役だが、時の権力者はあまりの効率の悪さに断念をすることになる。まず虫としてのワライカブリの知能はそこまで高くはなく、ではなぜ人などのふりを出来るのかと言うとこれは、種の習性をアルゴリズム化した群知能によるものだった。人に化けた時の人としての知能と、虫としての知能は全くの別であり、虫のほうを脅したりしても思った通りに言うことを聞かせられないのだ。その一方で人としても自分の死をブラックジョークとして笑いに変えようと考える群体が多く、あまり自分の命を大切にしないため、これもまた脅して言うことを聞かせるというのが困難であった。
(人に擬態したワライカブリの人権について語るのは非常に難しい。僕自身は養虫家の孫として、理解はしているものの、ここに書くには何十万字も必要となるので省略させていただく)
数々の研究者ワライカブリを人の望むままに擬態をするように研究をしてきて、それなりの成果を出してはきたのだが、実際の所「人間を使ったほうが速い」と言う結論に至り、一部の物好き以外はわざわざ人に擬態したワライカブリを何かに能動的に役立てようとはせず、受動的に役立つことを望むばかりだった。ただ僕の実家は物好き相手の商売をしていたわけだが。
ただそれも十年前に終わりを迎える。一部の過激なワライカブリ愛好家の行動により、人権団体がそれを見て人に擬態させるのは辞めさせるべきだという意見を表明する。また別方向の話としてワライカブリ自体が起こした犯罪が偶然多かった年でもあったため、動機は別だが最終的な目的が一緒である人権団体を支持する動きも多かった。
ただここで問題が生じる。人々はワライカブリを笑い、ワライカブリはそれを力にするというお互いの益になるような関係であった。いくら虫とはいえ、人の形になれる生物との共生を一方的に打ち切るというのは身勝手ではないのか。そうした考えは、ある生物学者が遺伝子組み換えによって発明した「
それはそれとしてワライカブリと家族同然に育った人間も多くいた。そういった人々に対して、「あなた方のご家族御友人は一生虫の姿でいてください」というわけにはいかない。今現在人に化けている虫たちは人に化けてもいいということになった。
ワライカブリは人間の一生を真似することもあるが、百年もしたら人に擬態するワライカブリはいなくなるのだ。
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