episode.4

「なんていうか…………カオスね」


 現代文化研究部の部室を見た冬野とうのの第一声がこれだった。


 その気持ちは春彦はるひこも分からなくはない。


 部屋自体は決して狭くは無いはずなのだ。各部活に割り当てられる部室は概ね通常の教室を半分にしたくらいの広さで、最初は備品などは何もないことが殆どだ。


 ただ、藤之宮ふじのみやは歴史だけやたらに古い学校なので、使わなくなった机や椅子、本棚が割と大量にストックされており、通常はそれらを運び込んで使うのが一般的である。逆に言えば、部室に持ち込まれるのはせいぜいそれくらいのものなはずであり、物があふれるということはそんなに起こりえないはずなのだ。

 

 そう、通常ならば。


 だが、現代文化研究部は普通ではなかった。


 なにせ、部長の鷺沼さぎぬまからしてまともではない。


 学年こそ高校三年生となっているが、授業に出ている様子は全くない。どころか学校に来ないこともそう珍しくはない。かなりの美人であり、自らについて多くを語らないこともあって、詳しいことは分からないが、正確な学年で言えば春彦の一つ上では無さそうである。


 そんな彼女が旅行先から送りつけてきた謎の物体が右側の本棚には陳列されている。本棚に置くものではないのだが、空きスペースがそこくらいしかないので仕方がないじゃないかというのは鷺沼の談。そもそも部室に置かなければいいという理屈はどうやら通用しないらしい。


 では、反対側はどうかというと、こちらも大概カオスである。対面と同様に配置された本棚群に置かれているものは、部活動の記録に漫画に小説にビジネス書に絵本に学術参考書に辞書に同人誌にと節操がない。


 鷺沼によれば半分以上は彼女ではなく、過去のOB・OGの私物だったものらしい。私物なら持って返れと思わなくもないのだが、これがなかなかどうして暇つぶしに最適だったりするので春彦も突っ込まないでいるというのが現状である。


 そして、中央には長机が二つ繋げて置いてあり、周りにはパイプ椅子が配置されている。その奥には、どこかの空き教室からかっぱらってきたと思われる、ひとセットの椅子と机が社長席よろしく廊下側の方を向けて置かれている。


 一応、部長の机ということになってはいるが、ここ一年間机としてまともに使われたのを見たことが無い。と、いうかまず天板が見えない。机は物置きじゃないんだぞ。


 その周りもまあ酷い。つい先日届いたものも含めて、鷺沼が送り付けてきた意味不明の贈り物たちはやたらと大きいため圧迫感があるし、そうでなくとも部室の床には私物が大分散乱している。


 ちなみに長机にはテレビが据え置かれており、その前にはゲーム機がいくつも設置されている。壁際には電気ポットも常設され、気が付くと鷺沼によって買い足されている水のペットボトルも箱で詰みあがっている。


 そんな私物だらけの部室に一つ、紛れ込むように置かれている箱がある。先ほどまで木彫りの彫刻が入っていた段ボール箱だが、今、その彫刻は部長机の隣に鎮座している。これだけものがあるとはいえ、流石に彫刻が一つ増えれば違和感も出るし、その隣にある箱には真っ先に注目してしまうだろう。もし、この光景を見たのが現代文化研究部員ならば、の話だが。


「まあな。先輩が定期的に送ってくるもんでな」


「先輩って、さっき言ってた人?」


「そ。鷺沼先輩。今も旅行してるみたい」


「ふーん……」


 冬野はゆっくりと部室内を見渡す。その中には当然「彫刻が入っていた箱」も存在している。ただ、


「ちなみに、その先輩っていうのは具体的にどういう人なの」


 冬野はそこに注目しない。当たり前である。この部屋の中には開けたけど処分せずにいたり、私物を詰め込んだだけで放置されていたりする段ボールがかなりの数あるのだ。中には既に崩してしまっていたものもあったが、先ほどの昼休み。春彦が急いで組み立てた。


 つまり、計画はこうだ。


 冬野は基本、春彦といる時しか素を出さない。


 ただ、それでは星咲ほしざきが冬野から本音を聞きだすことは一生出来ないことになってしまう。


 そこで登場するのが、巨大な段ボール箱、という訳だ。


 現代文化研究部員や、頻繁に出入りしている星咲ならばともかく、冬野はこの部室にいつも何があって何が無いのかを全く知らない。つまり、巨大な段ボール箱が部屋の中に立っていたとしても、違和感を持たない可能性が高いのだ。


 もちろん、それだけではない。部室にたたんで置いてあった段ボール箱を組み立てて置いておくことでカモフラージュもした。星咲が隠れる箱はわざと彫刻の裏に置き、よほどの理由が無い限りは手出ししようと思わない配置を心掛けた。


 時間と労力はかかったが、これで冬野から見ればこの部室には春彦以外の人間がいるようには見えないはずである。実際、さっきから春彦に話しかける声のトーンは”いつもの冬野あおい”である。


 そんな彼女はといえばパイプ椅子にどっかりと腰を落とし、


「ねえ、リモコンどこ?」


 ゲーム機に興味を示していた。当たり前である。手前のゲーム機と奥の段ボール箱でどちらを選ぶかなど考えるまでも無いだろう。


「ああ、ちょっと待ってろ」


 春彦は本棚についている引き出しからテレビのリモコンを取り出し、


「ほい」


「ん」


「っていうか部室見に来てやることがゲームかい」


「何。何か悪い?」


 そう言う冬野の視線は既にテレビに向けられていた。せめて会話する相手にも意識を持ってもらえると嬉しい。


「いや、悪くは無いけど。それくらいだったら家でも出来るんじゃないのか?」


 ため息。


「アンタ、馬鹿でしょ。こういう所でやるから面白いんじゃない」


「そういうもんかね」


「そうよ。ほら」


 冬野はそういってコントローラーを投げてよこす。


「おっと……え、何。俺もやるのか?」


「当たり前でしょ?一人でス○ブラやって何が楽しいのよ」


 正直二人でも大分寂しい気もするが、そんなことは言わずにおこう。


「お、ちゃんと全キャラ出してあるじゃない。感心感心」


「まあな。と、言っても俺が出したわけじゃないんだが」


「そうなの?っていうかこの部活、ハル以外に部員いるんだ」


「そりゃいるって。鷺沼部長とか」


「とか?」


「後丸子まることかな」


「ふーん」


 聞いておきながら全く興味が無さそうな冬野。この辺りも実に普段通りである。


 さて。


 このままずっとスマブ○をやっているわけにもいかない。春彦にはやるべきことが残っている。


「なあ」


「何?」


 コントローラーを弄りながら、半分以下の意識で会話に応じる冬野。今ならばきっと、嘘偽りない話が聞けるはずだ。


「さっきも聞いたけど、なんでまた学校に通おうなんて思ったんだよ」


「さっきも言ったでしょ。言われたの、親に」


 そうだ。


 ここまではさっき春彦も聞いた話だ。そして、星咲に聞かせていることを考えれば確認しておかなければならないことでもある。


ただ、春彦自身の興味はその先にあった。


「言われたねぇ……」


「何。何か文句あるの」


「いや、別に。ただ、葵でも親のいうこととか聞くんだなって思ってな」


「それは……」


 口ごもる。テレビ画面に映る1P冬野のアイコンは一体のキャラクターを選んだまま静止する。


 春彦は更に続ける。


「いや、別にいいんじゃねえの?親の言うことを素直に聞くってのはなにも悪いことじゃない。親だって喜んで」


「それはない」


 否定。冬野は自分で自分の声に驚くように口を塞ぎ、


「……それはない。絶対にない」


「じゃ、なんで聞いたんだ、言うこと」


「うっさい、黙れ」


 出た。お得意の会話打ち切り。


 こうなってしまうと冬野はもう、この話題に関して基本的に口を開いてくれない。普段ならばこれで話はおしまい。話題は自然と全く関係のない方向へと移行していく。


「ほら、ハルもキャラ選んでよ」


 実際、冬野はもう意識をゲームに集中させている。このまま話をうやむやにする気満々だし、いつもなら「はいはい」で終わっていただろう。


 ただ、


「親を喜ばせるためじゃないってことは、他に理由があったってことか」


「それは……」


 今回ばかりはそういう訳にはいかなかった。


 むろん、そこには星咲を納得させるという理由があったのも確かである。


 しかし、本当のところは星咲と同等か、それ以上に春彦の方が、真相を知りたがっていた。


 親の言うことなど右から左であったはずの冬野がなぜ、突然言うことを聞くようになったのか?もし、その理由が嘘ならば、本当の理由は何なのか。そして、いかにして春彦の通う学校を突き止め、どうやって編入したのか。仮にそれらが可能だったとして、そこまでして知り合いのいる学校を選ばなければならない冬野がどうして学校に通う選択をしたのか。それらすべてを繋ぎ合わせる、一本の線のような真相が。


 いや、違う。


 本当は分かっているのだ。


 これらの事実を繋ぎ合わせることの出来る、あまりにも単純明快な回答が。


 だけど、


「本当は、最初からうちに転校してくるつもりだったんじゃないのか?」


「……は?」


 それは認められない。


「最初からこの時期の編入が決まっていて、それはどうしても避けられないものだった。いくら葵でも、聞き流せることと、そうでないことがある。だけど、流石に何の事前準備もなく編入なんて真似はしたくない。だから、前もって俺と接触をした。それなら納得は行くだろう?」


 だから、あり得ないと分かっているのに、無駄で、無意味で、無価値な理論を並べ立てる。


「それだったら納得はいく。でも、それならそうと最初に言ってくれれば」


「ざけんな」


 時間が止まる。


 それまで全くの無言で話を聞いていた冬野の、あまりにも低く、そして吐き捨てるような一言。会話をすれば二言目には暴言が飛び出す冬野だが、ここまで感情が籠った暴言を聞いたのは、春彦も初めてだ。


 冬野が春彦を見つめる。その視線に混ざるのは怒りと悲しみ。コントローラーがかすかに震える。テレビ画面は春彦のキャラクター選択を待ち続けている。


「ハル……それ、本気で言ってる?」


 その視線に比べて幾分優しい口調で、冬野が語り掛けてくる。


「あらかじめ決まってたって……そんなわけ無いでしょ。私だって、最初はそんなつもりなかったし、ハルと会ったのは本当に偶然で」


「じゃあ、なんでうちに編入なんてしてきたんだ?」


「それ、は……」


 冬野の視線に迷いが混ざる。


「お前言ってだろ、学校なんて行く所じゃないって。お友達ごっこなんて下らないって。上っ面を装ってなかよしごっこしても仕方がないって。あれは嘘だったのか?」


「そんなことないわよ!」


「じゃあ、なんで編入なんかしたんだ。なんであんなつまんない演技するんだよ」


「つまんないって……!」


「つまんないだろ。あんなの、お前が一番嫌ってたやつじゃないか。八方美人のモテモテキャラ。それでモテて何に、」


「黙れ」


 低く、重たい。いつもとは違う、本気の拒絶。


 ここで引くべきだ。理論サイドの自分はそう言っている。ここで引くべきだ。話を打ち切って、お互いに時間を置くべきだ。そうすればまた再び元通りだ。なんの心配もいらない。そんな正しくて、美しい正論を語り掛けてくる。


 でも、そんな正しくて、美しい理論サイドの自分を、春彦は無視した。


「黙らない」


「何でよ」


「そりゃ、納得してないからな」


「アンタの納得は別に必要無いでしょ」


「いいや、必要だ。だってお前、藤之宮を探し当てただろ?」


「それは、そうだけど」


「どうやったんだよ。俺、本名を教えたことなんか無いぞ?しかも仮に本名が分かったとしても、学校はどうやって調べたんだよ。情報が漏洩してるかもしれないのに、そのままなんか出来るかよ」


 嘘だ。


 そんなものはどうでもいい。ただの方便だ。


 本当に気になるのはその先にあるもので、それはつまり、


「うおっと!?」

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