episode.2
時を戻そう。
あれはそう、ほんの半日前の出来事だ。
いつも通りSNSを通じてやり取りをする
ハル「しかしまあ、今期はとにもかくにも異世界転生ものが多い。全部で何本あったよ。流行ってるのは分かるんだが、正直多すぎるよな」
碧「そうだな。まあ、それで満足するのがいるから仕方ないっちゃ仕方ないけど、流石にうんざり。頼むから開始五分で「おもんな……」って思う作品を公共の電波にのせるのはやめてほしいわ」
とまあ、概ね二人とも昨今の流行には頭を悩ませるサイドの人間であり、概ねこういったやり取りの後に、「やっぱり新月の夜は凄い」という話題に移行するのがお決まりのパターンとなっていたのだ。
ところが、この日は少し違った。
碧「そうだ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
ハル「何?俺で答えられることならいいんけど」
碧「大丈夫。多分ハルなら答えられると思う。学校の新学期とかだとよく皆自己紹介をいたりするじゃない。ああいう時って緊張したりする?」
ハル「うーん……俺はそんなにしないかな」
碧「なるほど。そういう新しいところに行ったり、新しいことを始める時の何か心構えってあったりする?」
ハル「特にはないなぁ……よく世間では「聞いてるやつらをカボチャだと思え」とか言いうけどね」
碧「言うね。そんなもんに効果があるとは思えないけど」
ハル「まあね。それに碧だったら最初からそんな聞き手のことは気にしなそうだ」
碧「そんなことは無いよ。私だって緊張するときはするよ。でも、そうか。聞いてる人を気にしない、か。ありがとう。参考になった」
ハル「それなら良かったけど……どこかで自己紹介をするのかい?」
碧「ちょっと家族の関係でね。こういう機会はそれなりにあるんだけど、今度はまたちょっと趣が違った場所、私にとってはいわば一大決心にもなるからね。聞いておきたかったんだよ」
ハル「なる。ただ、俺の意見が碧の参考になるとは思えないけどね」
碧「まあ、普通はね。今回はちょっと特別」
ハル「失礼なやっちゃな……特別って何をするんだ?」
碧「それは秘密。まあ、しかるべき時になったら教えることになると思うしね」
ハル「そう?なら良いけど。なんだか分からんけど、上手くいくといいな」
碧「ああ。頑張ってみるよ」
と、まあ、そんなやり取りの後、二人の話題はいつも通り「新月の夜」の話に移っていき、その結果として一から読み直したことによって情緒不安定になった春彦の出来上がった、という訳なのだった。
時は進み、現在。
春彦は無事に碧こと
ここまでの彼女を見る限り、少なくとも他のクラスメートと一緒の時に本心を聞き出すのは不可能と言って良いだろう。従って今がチャンス。逃してはいけない。そう思い、
「おい」
「何?」
反応はある。ただ、その声はとても”いつもの冬野葵”ではない。というかそんな「元気系美少女です」みたいな声出せるならいつも出せば良いのに。
「いや、「何?」じゃなくて。お前、どうしたんだよ」
「どうした?って言われても、私には何のことだから分からないけど……」
「いや、何のことか分からないってのはこっちの台詞だろ。お前、いつもの態度はどこいったんだよ。あんな畏まった挨拶をするやつじゃないだろう?」
冬野は教室でも見せた笑顔で、
「そんなことないよ。いつも通りの挨拶をしただけで」
嘘をつけ。
今でも覚えている。彼女と初めて出会った時の第一声は「おい」だったはずだ。その時の顔と言ったらまあ、美人である分より凄みが増して、まるでちょっとしたカツアゲのような、
「まあ、教室ではあんな感じで行くんならそれはいい。けど、俺にはまだ聞きたいことが、」
瞬間。
冬野がすっと胸元に近づき、耳打ち、
「後で話すから、今はちょっと黙ってて」
再び離れていく。そこはかとなくした良い匂いはシャンプーか、あるいは香水だろうか。どちらにしても春彦がかいだ覚えの無い匂いだった。
沈黙。
暫くの間言葉を交わすことも無く、二人はあっさり目当ての空き教室にたどり着く。余った机や椅子はほぼここに収納されている。かつては教室して使っていたようだが、今はその名残だけが残っている。
冬野はそんな、若干埃臭い教室をうろうろと歩き回る。ちょうどいいサイズの机を探しているのだろう。今がチャンスだ。
「なあ、葵」
「…………何?今忙しいんだけど」
「忙しいって……まあ、いい。答えは後でもいいから聞いてくれ。お前なんでうちに転校してきたんだよ。っていうかそもそもなんで学校になんて行く気になったんだよ。お前確か学校なんて通うだけ無駄な場所だってずっと言ってただろ。それが何で今になって、」
「一度に何個も質問を連ねるなっての。うっとおしい」
怒られた。それでも春彦は少し安心してしまう。だって、これが春彦の良く知っている、”いつもの冬野葵”なのだ。さっきまで隣にいた「よく似た美少女転校生」ではない。同一人物であると頭では分かっているのだが、心はそう簡単に納得してくれるものではないらしい。
冬野はわざと聞えるようにため息をつき、
「言われたのよ、親に」
「親?」
「そう、親。流石に高校の最後くらいはちゃんと通学しておきなさいって」
「……それで、通うことにしたと」
「そうよ。そう言ってるじゃない」
嘘だ。
春彦はそう直感した。
根拠があるわけではない。もしかしたら実際にそういう話を振られたのかもしれないし、こうやって目の前に”藤之宮の生徒となった冬野葵”が存在している以上、普通ならば、疑う余地など無いはずである。
ただ、
「でもお前、前に親は自分に興味なんかないんだって言ってただろ」
そう。
彼女――冬野葵は特別だ。家庭環境から性格まで、なにを取っても所謂「常識」というものが通用しない。
これまでに聞いたところによれば、彼女が両親と顔を合わせるのは年に数回のはずだし、その代りと言わんばかりに全くの無干渉、放任主義をつらぬいているといううはずだ。
そんな親がいきなり高校に通えなどと言い出すという話自体がそもそも荒唐無稽すぎるし、仮にそんな話が持ち掛けられたとしても、彼女がそれにはいはいと従うとはどうしても思い難い。
それでも冬野は、
「そうよ。興味が無いの。だから、こんな突拍子もないことを、こんなタイミングで言い出すんじゃない?なんの考えがあるのかは知らないけど、まあ貴重な経験でも出来ると思ってるんじゃないの。お気楽でいいわね」
彼女の口調は全く変わらない。そのコメントも今まで接してきた冬野葵に他ならない。ただ、
「じゃあ、なんで断らなかったんだ。別に今更強制したりはしないだろ」
その行動だけが全くかみ合わなかった。今までいきすぎるほどの放任主義を貫いてきた親の、気まぐれな一言。それも自身の主義とは全くかみ合わないものだ。それに従った。春彦はそこだけがどうしても納得がいかなかった。そんなはずはない。きっと何かしら之理由があるはずだ。そこは間違いない。
ただ、そんな真意を当の本人が語ってくれるとは限らないもので、
「うっさい。少し黙れ」
出た。必殺技。
彼女がこのフレーズを出したということは、これ以上何かを語ることはないということだし、もしそれでも聞き出そうとするのであれば、更なる罵倒が待っているに違いない。冬野葵という人間はつまりそういう存在だ。
世の中ネット上だと人格が変わる人間は数多くいるが、彼女の場合ネットの方がマイルドになるという大変珍しい質だ。本人がどういう意図でやっているのかは知らないが、初めてその差異を目の当たりにしたときの衝撃は今でも覚えている。
通常ネット上で評判が悪い人間でも、実際に会ってみるとそんなに変なやつではないというのはまあ良くあることなのだが、彼女の場合は「ネットで会話してみると、口が悪いには悪いのだがリアルよりは普通の人間でビビる」といった具合なのだ。ネット上では性別を隠しているという部分も影響しているのだろうか。
さて。
こうなってしまうと春彦に出来ることはない。一応、無理やり話をすることも出来なくはないが、こちらとしても聞きたいことはまだまだ沢山ある。ここでへそを曲げられて困るのは間違いなく春彦の方である。
そんな訳で暫く傍観に徹していると、
「……ここにしたのは、ハルがいたからけどね」
ぽつりと零す。
「え、俺?」
「そ。流石にその辺の有象無象しかいない学校に通うなんてごめんだから。せめて意思の疎通が出来る人間がいてくれないと困るでしょ?」
「いや、意思の疎通はバッチリと出来てたとおもうが……」
そこでふと思い当たり、
「ちょっとまて。それって俺の学校を調べあげたってことか?」
「そうよ。まあ、実際に調べたのは私じゃないけど」
「いや、それはそうかもしれないけど……」
状況を整理しよう。
冬野が言っているのはつまりこういうことだ。
自分が高校に通うにあたって、知らない人間のいるところは嫌だから、知り合いである春彦の在籍している高校を調べ上げて転入し、恐らくは同じクラス(さらには隣の席)に配置するように便宜を図らせたということだ。
控えめにいって、ただのストーカーである。
そして、そこまでする理由はただ一つ。
春彦がいるから、である。
おかしい。
そんははずはない。
会えば二言目には暴言が飛び出し、ちょっとでも視線が下の方へとズレれば、じろじろ見るなといっては無いに等しい胸を隠し、寝癖の一つでもついていようものならば「だらしな。これだから童貞は」と罵倒を浴びせてくるのが日常のあの冬野である。
色々な理由を付けたとはいえ、ストーカー同然の行動までして、春彦の隣を確保するなど考えられない。これはあれか?ツンデレというやつなのか?昨今じゃ全く流行らなくなったやたら攻撃的なタイプのツンデレなのか?
春彦は探りを入れるべく、
「じゃあ、藤之宮に来たのは俺がいたからってことか?」
「そうよ。じゃなかったらそもそも学校に行くこと自体断ってるっての。それくらい一回で飲みこんでくれる?」
よかった。いつもの冬野だ。ただ、一連の行動原理のせいで、今の言葉も、
「ハルと一緒になら学校、行ってもいいかなって思ったの」
というセリフに聞こえてならない。もちろん、そんな言葉が冬野の口から出てくるはずはないわけだし、仮に出てきたら真っ先に自分の耳を疑うだろう。そうでなくともまず夢でないかを確認するはずだ。そんなことはあり得ない。額面通りに受け取るべきだ。うん。
相変わらず机の吟味を続けながら冬野が、
「ねえ」
「あん?」
「ハルって部活とか入ってるの?」
「なんだ、突然」
「いいから」
「入ってるぞ」
「何部?」
「現代文化研究部」
「なにそれ」
「作った先輩に聞いてくれ。俺も分からん」
冬野は鼻で笑って、
「なんで所属してるハルが分かんないのよ」
「そりゃ、大した活動してないからな。正直なんで存続出来てるのかも分からんし、どうやって部室を確保したのかも分からん。先輩なら何か知ってるかもしれないけど、あの人基本いないからな」
「いないって、部室に?」
「いいや、学校に」
「……不登校?」
「サボタージュじゃないか?この間うちにハワイで買ったとかいう意味の分からん置物が届いたぞ」
冬野は肩を震わせながら、
「なにそれ。笑える」
「だろ?まあ、そんな感じの先輩が一人いて、その人なら何か知ってるかもしれないし、何か活動らしいこともしてたのかもしれないけど、今はただのダべる場所って感じだな」
「ふーん……」
暫く間があり、
「ねえ」
「なんだ」
「そこ、行ってみていい?」
「いいんじゃないか?来るもの拒まずって感じだし。というか、こういうことは許可取るんだな」
「うるさい。黙れ」
「はいはい」
お姫様は今日も相変わらず機嫌の波が激しい。ただそれは、春彦がずっと見てきた冬野の姿でもあるし、むしろこっちの方が安心、
「ハル」
「ん?」
「これ。これにする」
そう言って指さす冬野。その先には一対の椅子と机があった。サイズも悪くはなさそうだ。
「ん。分かった」
春彦は文句の一つも言わずにそのひとセットを担ぎ上げる。冬野はといえばその一連の動作を静かに見守りながら、閉じ切られていた空き教室の扉を開け放ち、廊下から、
「あ、扉は私が閉めるから安心して大丈夫だよ?」
そう語り掛ける。そこに”いつもの冬野葵”の色は含まれていなかった。
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