第79話 いつまでも君と
優也を好きになってから、幾度となく湧き起こった感情。自分の強欲さを思い知るたびに、僕は繰り返し絶望してきた。なんてあさましい人間なのだろうと、そのたび自分が嫌いになった。
友達でいられるだけでいい。
ひっそりと想っていられればそれで幸せ。
……そう思っていたのに、心のどこかでは同じ気持ちを求めている自分がいた。
恋愛対象じゃなくてもいい。
いっときの勘違いでも、僕のことを好きと思ってくれただけで幸せ。
……心底そう思ったのに、今は、不確かなこの関係が悲しくて、毎日幸せなのに同時に辛さも感じている。
消えてなくなりたい。その思いを打ち消すようにして、かまってほしくて、優也にちまちまとメッセージを送ってしまう。
【やっと仕事終わったよー】
【行ってきます!好き!】
【おやすみ優也】
出会った頃から変わらない、八割無視、二割返信のスタンス。返事が来ないのは基本なのでもはや傷つかないが、いつか既読のマークがつかなくなるのではないかと、僕はそっちのほうに怯えている。
優也が勘違いに気づいてしまうのが怖い。我に帰って拒否されるのがこわい。僕はなんてめんどうな人間なんだろう。
僕たちは気持ちを打ち明けあっただけの、ただの友達にすぎない。それでも優也は僕に、さりげなく好意を示してくれているじゃないか。うじうじと安心できない僕は、傲慢で、贅沢で、愚かだ。消えてなくなりたい。
◆
得意の情緒不安定に振り回されながら、その夜僕は家で動画配信サービスを開き、映画を見繕っていた。
デビルジャムが急遽店休となったため、ソファでくつろぎながら、お菓子やお酒をひろげて朝まで映画を見るパーティをひとりで開催することに決めたのだ。
急に着信音が鳴ったので、ドキドキしながら電話に出た。
「もしもし優也?」
『あー、メッセージ見たけど』
「ねー、びっくりだよね?!ぼろいビルだから仕方ないけどさあ。ちゃんと点検もしてるのに」
『まあ、なんか、飲食店は大変だよな』
仕事帰りで外にいるのだろう、優也の背後では車の通り過ぎる音がしている。
「そういえば前に優也、ホストやめろって言ってくれたよね」
『え?ああ、勢いでな。……まったく思ってないわけじゃないけど』
「僕あれ、すごい嬉しかったんだよなあ。本当に近い将来、やめるよ」
言った瞬間、しまったと思った。そもそも会話の選択を間違えた。ちょうど思い出したのでなにげなくこの話題を振ってしまったが、重いと思われただろうか。別に僕は関係の進展を図ろうとしたわけではない。やめるから責任取ってくれ、というふうに受け取られていたらどうしようと焦り、慌てて付け加える。
「……ねえまた、動物園にも行きたい!」
『めちゃくちゃ行ったばっかじゃん、嫌だ』
「そうだけど、楽しかったから~」
『まー、水族館かな。行くとしたら』
「え、いいの?!」
『もう少し暖かくなったらな』
嬉しくなって、僕は小さく笑った。胸がきゅっとなるのを感じる。まるで恋人どうしみたいだ。両思いは幸せで、とても、切ない。
そのときチャラチャラとお金を数えるような音がして、優也がだれかにお礼を言う小さい声も聞こえてきた。
「ん?優也タクシーだったの?仕事帰りだよね?」
『まーそんなとこ』
返答を濁されると不安になる。そんな権利はないとわかっていながら、面倒くさい僕がまた発動してしまう。
「待って、女の子のとこ行こうとしてるとかじゃないよな?!それ浮気だよ!」
『してないしてない。さっさと開けてくれ。寒い』
「え?」
『映画、一緒に見よーと思って、会いに来た』
僕はソファから立ち上がると、玄関まで全力でダッシュした。スポーツは苦手だが、なかなかの好タイムが出ていたと思う。ドアを開け、その場に立つ優也の顔をろくに見もせず、胸に飛び込んだ。
「おい、離れろよ。靴脱げないだろ」
あきれたような声が愛おしくて胸がひりついた。僕の背中に優也の腕がそっと回される。あたたかくて、涙がどんどん溢れてきた。勝手に疑ったり不安になったりするのは、好きで好きでどうしようもないからだ。でももうやめよう。優也の言葉と行動だけを素直に信じよう。
「うえーん、好きぃ」
優也はいつになく優しい声で、しかしはっきりとした返事をくれた。
「俺も」
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