第62話 君と夢で

部屋でふたりで並んで動物のドキュメンタリー映像を見ていたところ、上の空であらぬことを考えてしまい、気がついたときには頰が涙で濡れていた。隣に座っている優也がそれに気づいて、おろおろしているのが気配でわかる。さっさと涙を止めて取り繕いたいのに、そういうときに限って一向に止まってくれない。ついに優也が困惑した声で言った。



『お前、動物園行った日に、こういうの見て感動はするけど泣きはしないって自分で言ってただろうが……』

「違うよ!そんな理由で泣いてるんじゃない」



突如として泣き出した僕に対し、どう接していいかわからないのだろう。困ったような、それでいていつになく優しいその声に、僕の涙はさらに溢れる。



『じゃあ急にどうしたんだ?なんでもいいから、俺に言ってみろよ』

「言えるわけないだろ!」

『言えるわけないって、なに、』



優也は残酷だ。鈍感で、無防備で。いつだって悪気なく僕のことを傷つける。

袖口で乱暴に涙を拭いながら、吐き捨てるように言った。もうどうにでもなれと思った。



「優也に言えるわけないよ!……す、好きだなんて!」



あーあ、言っちゃったよ。これでなにもかも終わりだな。


心の中に棲む冷静なもうひとりの自分が、感情的になっている僕のことを嘲笑った。まったくそのとおりだ。


しかし優也はというと、意外にも落ち着き払っている。



『……言えるわけないって、お前、会った時からずっと好き好き言ってただろ?何だよ今さら』

「そうだけど……優也はずっと、本気になんかしてなかったじゃないか」

『いや、ちゃんと分かってるよ。全部』

「……え?」



ふざけているのかと思ったが、至って真面目な表情で僕のことを見つめている。そのまま、無言で顔が…近づいてくる……?!



「……優也、からかわないで」

『からかってない』

「僕、本気で、」

『知ってるよ。それでいいって言ってるだろ。俺も……』



うつむいた優也のふたつの目が、切なく翳った。なにかを言葉にしようと、再び口を開く。僕の心臓はこれ以上ないくらい高鳴って……そして……







……なんでなんだ。



好感触な夢だったと言うのに、どうしてあのタイミングで目が覚めてしまったんだろう。優也はもしかして、僕のことを好きだと言おうとしたのではないだろうか?そんなこと現実ではあり得ないのだから、せめて夢の中でくらいいい思いをしたかった。それなのに。



仕事をしながら、今日見た夢のことを何度も思い出している。まったく後悔ばかりだ。

夜中の3時半、ちょっと外の空気吸ってくるね、と言ってデビルジャムの外の吹き抜けの柵にもたれてぼーっとしている時に、そんな僕の後悔の念が通じたのか、優也から着信がきた。タイミングがいい。ウキウキしながら通話ボタンを押した。



「もしもし?優也、こんな時間にどうしたの」

『……どうもしない』



寝起きの声だ。不機嫌そうで、そこが可愛い。



「ふーん?怖い夢でも見た?なんか、息が荒いけど」

『見た。すっげえ、死ぬほど怖い夢。死ぬとこだった、危なく』

「大丈夫?夢ってあなどれないんだよなー、リアリティあったりするし。辛かったね」 



今日のではなく、このまえ見てしまった史上最悪の夢のほうを思い出しながら、憐れむように言った。



ちょうどそのとき、まだ戻らない僕の様子を見に来たのだろう、夕陽くんがデビルジャムのドアを少し開けて顔を出した。戻れます?と目で言っている。ごめんすぐに戻る、と仕草だけで伝えて、僕は携帯を持ち直した。



「もっと話していたいけど、僕、そろそろお店に戻らないと」

『うん、あ、ちょ、ちょっと待て。ひとつだけ、聞きたいことが』

「ん?なあに」



優也は一瞬だけ間を置いてから、神妙な声で切り出した。



『お前、俺と絶交しようとか、思ってないよな……?』



思ってるわけないじゃん、なんだよ、とごく自然を装って笑いながら電話を切ったあと、僕はすぐさまその場にしゃがみ込んだ。



なんなんだよ今の問いは!!!!!!

殺す気かよ!!!!!!



……優也は残酷だ。いろんな意味で。

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