第63話 君とアフターを


控え室で熱心に薄く施した化粧や髪型を整えていたら、背後から声をかけられた。鏡越しに見ると、銀髪で長身のホストが立っている。忍さんだ。



「珍しいじゃん、こんな時間にお色直しなんて。アフター?」

「そうなんですよ。すみません、忍さんのスプレー借りていいですか?」

「いいよ、自由に使っちゃってー」

「ありがとうございます」



直した部分の髪の毛にシューっとスプレーを噴射する。そして鏡に向かってキメ顔。よし。かわいいしかっこいいぞ。



自画自賛してコートを羽織ると、忍さんや残っている他の従業員に挨拶をして、デビルジャムを出た。自然と足早になってしまう。エレベーターを降りたところで、少し先のポールに腰掛けてタバコを吸っている背中を見つけ、僕は心臓のあたりがあたたかくなるのを感じた。



「優也、ごめん。寒い中待たせちゃって」



言いながら駆け寄ったら、優也がゆっくりと振り向いた。その猫っ毛の短髪を朝方の風が撫でる。



「素直に待っといてなんだけど、どうして俺がお前とアフターをしなきゃいけないんだ」



責める口調だけど本当は怒っていないことを百も承知なので、僕はへらりと笑って見せた。



「だって僕お腹すいたしさー、なんか食べに行きたくて」

「まあ、それは賛成だな」



行くか、と言って立ち上がった優也の隣に並んで歩きながら、密かにその横顔を見上げた。優也はあんまり自覚がないみたいだけど、スタイルがよくて本当にかっこいい。つい口元が緩みそうになるのを堪えて、白い息を吐き出した。







居酒屋で向かい合ってビールを飲んでいる時、優也が仕事について質問をしてきた。



「キツくなったりしねーの?」

「うーん、わりと平気かな。僕、ホスト、天職だから」



言い切ると、たしかに、と納得したように頷いている。

僕たちには共通の話題なんてなにもないように思えるのに、ふたりでいると案外会話をする。どれも本当に何気ないことばかりだけれど、それがかえって嬉しい。



「まあ身体がキツくないならいいよな。本当に向いてると思うし」

「でも僕、優也が辞めろって言ったら、辞めるけどね」



言ったあと、ちらっと表情を窺ってみた。はあ?というような顔をしている。



「はあ?なんだそれ」

「べつにっ」



顔に出ていた上に言葉にもされたので腹が立って、わざとらしく拗ねて見せた。もちろん冗談だけど、半分は本心でもある。

絶対にあり得ないけど、優也がホストをやめてほしいと僕に言うことがあったなら、僕は迷いなく辞めて昼の仕事に就くだろう。



「そもそもなんでホスト始めたの?」

「ホストにね、誘ってくれた先輩がイケメンだったから。僕、そのころ憧れてて、少しでも一緒にいたくて始めたって感じかな」



先輩のことはいまでも鮮明に思い出せる。僕にとってはもう終わったことなので、本当に何気なく口にした。優也も何気ないふうに頷いているが、その顔を見た時、僕は違和感をおぼえた。あれ?なんか。



……いやいや、まさか。



忍さんに言われた逆夢という言葉に、僕はどうやら期待しすぎているらしい。あるわけがない。僕がほかの男性の話をしたときに、優也が、わずかになにかを堪えたような表情をみせるなんてこと。

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