第56話 君と朝方に

「夕陽くん、もし予定あいてたら、このあとご飯でも行かない?」



朝方、仕事が終わって上着を着ているとき、ふと思い立って夕陽くんの横顔になにげなく声をかけた。僕はアフターをしない主義なので仕事後はほとんど空いているが、彼の都合はどうだろう。羽織った黒いコートのボタンを留める手を止めて、夕陽くんがこちらを見る。



「え!行きたいです!行きましょう」



俺スバルさんに話したいことがあったんですよ。と、はにかむような、可愛らしい笑顔で、夕陽くんが言った。





「愛衣さんのことが好き?!」



思わずキャラに似合わない大声を出してしまった。夕陽くんとまずは居酒屋に行ったものの、ついお互い仕事の話をしてしまって本題に取り掛かれなかったので、二軒目で例の地下のバーに来ている。



この店にはひとりで来ると決めるともなく決めていたのだけれど、夕陽くんならいいような気がして、連れて来たのだ。珍しく僕がふたりで訪れたので、カウンターの向こうではママが、あら、と言って嬉しそうな顔をしてくれた。



そして、この告白である。



「……実は酔ってる?」

「それなりに飲みましたけど、そんなには……いや、ていうか、やっぱり変ですかね」



沈みがちな声でそう言うので、僕は慌てて訂正した。



「ごめん、変とかそういうんじゃないんだ。ただビックリしたから。愛衣さん確かに綺麗だけど、夕陽くんはいつも振り回されてるように見えたからさ」

「……振り回されてますよ。だから最初はむしろ苦手だったんです。でもしつこく指名してくるし、こっちも仕事だから冷たくあしらうこともできないしで……。そのうち気づいたら、なんか、」



好きになっちゃってたんです、と、ぼそりと呟いた夕陽くんの肩を、抱きしめて揺さぶりたい気持ちになった。わかる。わかるよ。この世界で、僕が一番きみに共感できる!そんな気持ちだった。



「いやーびっくりした。一周まわってピュアな恋愛だよなあ。いいなあ」



心底そう思ったので、声に出しながらグラスを傾けた。夕陽くんは複雑そうな顔をしている。



「でもあの、彼氏いるんですよ愛衣さん。しかもホストの」

「ふうん、それで?」

「それでって。……僕みたいな男なんか所詮、寂しさを埋めるだけの存在じゃないですか。割り切って仕事しないといけないのに、もう自分でもなにがなんだか」

「そんな弱音吐くなよ!夕陽くんは優しすぎるよ!せっかくいい男なんだからもっと自信持って、彼氏じゃなくて自分を選んでもらえるように胸張ろうよ!な!!」



抱きしめて揺さぶるかわりに、その背中をバシバシと叩いてみる。



「……なんかもう、酒とか、夜の仕事とか、どうでもいいです。愛衣さんと付き合えなくてもいい。一度デートでもできたら諦めつくかなあ。昼間に健全に、動物園でも行って。なんかそういう、ベタなのがいいです。僕、色々もう、疲れました」



夕陽くんはぺたりとカウンターに突っ伏した。ほろ酔いではなかなか弱音を吐けないから、泥酔してつい話してしまったということにしたいのかもしれない。僕はそれを受け入れた。なにもできないけど、同じ店の中にいて、心の中で応援することくらいはできる。



帰り道、タクシーを降りて一服をしながら、気まぐれで優也にメッセージを送ってみた。



【優也、再来週の日曜日ひま?】



寝ていると思っていたのに、タバコを吸い終わる頃には返事がきた。



【用件による】



……警戒されている。くっそ~。

腹が立ったので、有無を言わさない言葉を返してみた。



【10時に駅待ち合わせね。動物園に行くよ!】



送信の文字をタップした瞬間、夕陽くんのことを思った。片想いでも、なんかいいなあ、と思う。いつか彼が報われますようにと祈りながら、外の空気を一度大きく吸い込み、マンションに入った。

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