第55話 君と朝方に


ホストとして店で働くには、色々とルールがある。そのひとつが当日欠勤のときの罰金だ。店によって金額は様々だが、デビルジャムは欠勤の理由が病気でもさぼりでも一律で五万円と決まっている。



当然ながらホストとは、時給や月給で働き、安定した環境を得られる一般的な職業とはまったく違うわけで。一日休むだけで店に大変な損害を与えてしまうのだから、このシステムはいたって仕方がない。



「いやスバルさん、ここ数日ものすごい売り上げですね。このまえ休んだ分、取り返したなんてレベルじゃないですよ。イベントでもないのに」



指名の合間に控室で髪型を整えていたら、内勤の悠人くんが近寄ってきて感嘆のため息を漏らした。沙彩ちゃんに休むと伝えて罰金を届けてもらった翌日から、優也とラーメンを食べた翌日から、僕は鬼のように売り上げを上げていた。



「僕なりに申し訳ないと思ったんだよ。だからちょっと本気出そうかなって思ってさ」



一律五万とは言うものの、理由が病気だったらここまではしなかったと思う。仕事をサボって好きな人に会いに行ってしまったという後ろめたさが、僕を仕事へと駆り立てたのだ。



「なんかいいことあったんですか?」

「え?なんで?」

「いや、接客してても楽しそうだし。あ、いや、いつも楽しそうですけど、なんかいつも以上に。んー。うまく言えないな」



自分でもなにを言いたいのかわからないという様子で、悠人くんは肩をすくめる。僕はくっくっと笑った。



「……そうかあ。僕そんなに幸せオーラが出ちゃってるのかあ」

「え、幸せオーラ…?恋愛ですか?!スバルさんが、彼女つくったんですか?!」

「いやいやまさか。僕は全人類の恋人だよ?そう簡単にだれかのモノになったりしないよ」



へらりと笑って軽口を叩いてみせた。優也のモノに、ほんとうはなりたくてもなれないのだけれど。でも片想いでも幸せなのだ、溢れ出てしまうくらいに。







あの夜、あの時。



僕はくだらない嫉妬心を盾にして、優也に約束を迫ったのだった。女の子のいる店に行くな。行くなら僕に断りを入れろ、と。自分を簡単に狂わせる、中学生みたいな無邪気なヤキモチに笑いがこみ上げる。



そもそも嫉妬する権利すらないのに、それを相手に気づかせないくらいえらそうに詰め寄っていた。笑える。でも僕はそういう、時々我を忘れて強気になってしまう自分が、そんなに嫌いじゃない。



「……わかった、約束するから」



やがて優也は観念したようにそう言った。そのとき、勝った、と思った。優也にではない。同性を好きになってしまい、グズグズうじうじ悩んでいる情緒不安定でみじめな自分に、僕は今夜勝ったんだ、と、強く思った。



優也のことを好きな自分を、少しは好きになれるかもしれない。

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