第57話 君を強引に
……なんとなく気まずい。最高の接客をすることでお客様からお金をいただいているので、そんな個人的な感情はおくびにも出さないけれど。
いまデビルジャムのボックス席には愛衣ちゃんと、ヒカルくんという新人ホスト、それからルミちゃんという初めて来店してくれた女の子がいる。彼女たちが来店したとき、どうか僕に声がかかりませんように……と祈ったのだが、心の声は神様には届かなかったようだ。願いも虚しく、愛衣ちゃんと目が合って一瞬で指名されてしまった。……いや、指名していただいた。
「今日の髪型もかわいいですねえ」
新人のヒカルくんは、ひねりのないストレートかつベタすぎる褒め言葉を愛衣ちゃんに投げかけている。口下手か!と突っ込みたくなるのをこらえて、世間話でフォローしつつ、僕はルミちゃんに向き直った。
なぜこんなに気を遣いながら接客しているのかというと、今日の愛衣ちゃんは、夕陽くんが休みだったためにすこぶるご機嫌斜めなのだ。触らぬ神に祟りなしというし、そつなくこなして穏便にこの時間を終えたい。できるかぎり楽しく。
「あの、スバルさん、どの角度から見ても本当に整ってますねえ」
ルミちゃんが感心したような、感動したような声で言い、ため息をついた。僕はキラキラスマイルでさらっと胸を張る。
「ありがとう、よく言われる~!でもルミちゃんも負けてないよ?かわいいなあ」
「やだ、恥ずかしいです。さっきお店に来て、パネルでスバルさんを見た瞬間、私の理想が具現化された!!!って思ったんですよ」
「ほんと?そんなこと言われたことないよ。うれしい」
「またまた。それで哀子ちゃんに伝えたら、スバルくんいいホストだし指名しようよって言ってくれて……。こんなに近くでお話できるなんて感動です、ほんとに」
そこまで褒められるとさすがに照れてしまうが、なんとなく違和感を覚えていた。僕を心底タイプだとか、好きだとか言ってくれる女の子たちに共通している、熱っぽい視線がルミちゃんにはない。いや、ないというより、あるのだけど少し異質なもののように思えた。
好きなアイドルに似てるとか、好きな漫画のキャラに似てるとか、たとえるならそういう感じ?と心の中で分析する。そして、うん、間違いなくその類だ、と納得した。ルミちゃんはどうやら僕の向こうに、自分の理想とするなにかを見ているらしい。もちろん、それで充分すぎるほどうれしい。
「スバルくんはNo. 1ホストで忙しいから、あんまり席にいられないかもよ。今のうちにたくさん話しておきなよ~」
愛衣ちゃんがグラスを傾けながら、にやりと笑ってルミちゃんに声をかけた。
「それにしても夕陽はなんなの?あたしが会いに来たのにいないなんて。休みなら休みって連絡しなさいよね!まったく」
不機嫌な愛衣ちゃんを見ながら、なぜかわからないが胸の奥がじーんとする。夕陽くんがいなくてこんなに機嫌が悪くなるなら、やはりアプローチ次第では彼の気持ちが届くこともあるんじゃないだろうか。愛衣ちゃん側に恋愛感情がない可能性もないではないけれど、それでも。
「そういえばスバルくん、最近優也と連絡とってる?」
ふいに片思いの相手の名前が飛び出して、僕は動揺した。そして気がつく。僕だって他人を心配できるほど、自分の恋愛がうまくいっているわけではないんだった……。
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