第49話 君とあの夜
珍しくデビルジャムが暇で、僕は自分のお客さんの対応をしたあと、いつもより1時間近く早く上がっていた。こんなことは一年にあるかないかのレア度なので、神様の導きのようにも思える。
夜中過ぎの夜の街を歩いていると、仕事を終えた知り合いとたくさんすれ違う。会釈をしたり、立ち止まって会話をしたりしながらやり過ごし、ようやく目当ての路地までやってきた。
あるビルの狭い入り口を抜けて、地下に降りていく。そこに僕がたまに行くmix barがあるのだ。ニューハーフのママがやっていて、LGBTはもちろん、男装や女装が好きな子など、性別や外見がさまざまな子たちが自由に働いている素敵な店だ。
「ママ、久しぶり」
ドアを開けて顔だけを覗かせ中の様子を伺うと、カウンターの中でなにやら作業をしていたママが僕を見るなり歓声を上げた。
「やだ~スバルちゃんじゃない!久々!ぜんぜん来てくれないから寂しかったわよ」
「ごめんね、ちょっと最近忙しくて」
店内にはカップルとおぼしき二名客がボックスに1組と、カウンターの端でキャストの男装女子に夢中のおじさんがひとりだけ。それを確認すると、僕は迷わず反対側の端に腰を下ろした。
「なに飲む?お店でけっこう飲んできたの?」
「今日はそうでもないかな。うーん、ハイボールにする」
「OK。たしかまだボトルがあったから」
夜の街で働き始めて少しした頃、先輩ホストに連れられて訪れたのがこの店だった。ここのお客さんはもちろんセクシャルマイノリティだけではない。連れてきてくれた先輩もノーマルだから、僕も自分の話などまったくしなかったのだが、先輩がトイレに行っている隙にママが耳打ちしてきたのだ。
『あなた、6対4……いや、7対3くらいで男の子が好きでしょ?』
不躾な質問だと思う人もいるかもしれないが、僕は感動した。思わず頷いていた。
『やっぱりね、ちょっとそんな気がしたの』
『どうしてわかったんですか?』
『ニューハーフなだけじゃなくて、魔女なのよ。不思議な力があるの、あたしには』
にやりと笑ったママが本当に魔女みたいに見えて、僕も微笑んだ。
デビルジャムで僕がそういう発言をしても、またまた冗談~とキャラとして流される毎日の中で、唯一の理解者を見つけた気分になったのだった。ママは空気を読むのもうまいし、決して踏み込みすぎることがなく、僕はそれ以来時々ひとりでこの店に訪れている。
「はい、ハイボール」
グラスを受け取ってひと口飲んだあと、僕は小さな声で切り出した。
「僕、ママに聞いてもらいたいことがあるんだ。実は、もしかしたら好きな人が出来たかもしれなくて……」
「あら!それは素敵ねえ」
「でも相手は年上だしノーマルな男性だし、僕のことなんとも思ってないと思う。ただ僕が勝手に期待しちゃって」
タバコを取り出しながら、先日のおうちデートの一件について語り始めた。
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