第38話 日常を君と


冬休みも明けたある日の会社からの帰り道、駅から家までの道をコートのポケットに手を突っ込んで歩いていると、着信音が鳴った。スバルか?と思いながら画面を見ると予想は外れ、哀子だった。


わりと久々だな、と思いながら通話ボタンを押す。



「はいよ」

「優也ー?久しぶり、あけおめ」

「あー。今年もよろしくな」

「ところであんた初詣ルミちゃんと行かなかったの?」



ひさびさに聞いたその名前に内臓が冷えた。デートしたあの日以来、ルミちゃんとは連絡を取り合っていない。当然だ、なんの挨拶もせずに置いて帰ってしまったのだから。

そもそも初詣に行こうなどという話は一度も出ていなかったのだが、哀子の中では勝手に話が進んでいたらしかった。



「いや、あの、……それについてルミちゃんはなんて?」



しどろもどろになりながら聞き返す。せめてデートのお礼や新年の挨拶くらいはしておくべきだったか。スバルのことでそれどころじゃなかったとはいえ、失礼なことをしてしまった。



「それがねー、なんか、よくわかんない。女子BLなら本望だから私は身を引きます。とか言ってたけど、どういう意味?ビーエルってなに?」

「……お前はなにも知らなくていい」

「ふーん?」



女子とBLを組み合わせたその単語の正しい意味はわからなかったが、デビルジャムでルミちゃんが自らを腐女子だと宣言していたことに関連しているであろうことは簡単に予想できた。



「まあ、ルミちゃんには俺から一回連絡しておく。デート楽しかったからちゃんとお礼も言いたいし」

「わかったー。まあ特に用はなかったんだけどさ。新年の挨拶と、元気かなーっていう確認でかけたわけ」

「ああ、ありがとな。またそのうち飲みに行こう」

「はーい。またねー」



通話を切って、冷えた手とスマホを一緒にポケットに突っ込む。



夜道を歩いていると、ここ数ヶ月の出来事が走馬灯のように思い出された。俺は死ぬのか?とすら思えてくる。単に冬の夜に感傷的になっているだけだと頭では分かっているのだが。



スバルと初めて会った日、ラーメンを食べた日、猫と遊んだり動物園に行ったり、連絡を毎日取り合うようになったり、短い期間の中にたくさんのことがあった。そのどれがきっかけであいつを好きだと思うようになったのかは自分でも分からない。いつのまにか、としか言いようがない。



でもなんかほっとけないんだよなー。

あー、ほんとそれに尽きるなー、と、白い息を吐きながらぼんやりと思う。たぶんあいつ以上に俺がいなきゃ死ぬっていう人間、ほかに現れないだろうし。そんだけ全力で求められていると、気持ちも動かされるものなのかも。



男だから好きになるのはおかしい!というのがそもそも自己暗示で、俺は本能的な部分では性別なんて気にしない人間だったのかもしれない。そう思うと気持ちが楽になった。それからスバルの声が聞きたくなった。少しだけ。

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