第36話 本音を君と

「優也の部屋、いいね。男の子の部屋って感じ~!」

「それは付き合って初めて家に訪れた美少女が言う台詞じゃないのか?」



しまった墓穴を掘った。言った瞬間やばいと思い、ちょこんと座っているスバルの方を盗み見たが、幸い部屋の中をぐるりと眺めるのに忙しいらしく気にもとめていない。ほっとした。と言うより、俺だけが過敏になりすぎている。



スバルが見回している俺の部屋は、ものすごく散らかっているとかものすごく不潔だとか言うほどではないが、まあ、ごく平均的な独身男性の部屋といえるだろう。ものすごく綺麗とは言い難く、もちろんベッドの下にAVだってある。健全だから。



「あー……なんか飲む?」

「ありがとう。なんでもいいよ」



聞いといてなんだが俺の家では酒か水かくらいしか選択肢がなく、酒は飲むのも飲まれるのもごめんこうむりたい気分だったので、冷蔵庫から未開封の水のペットボトルを取り出し、差し出した。スバルはキャップを外すと口をつけて少しだけ飲み込んだあと、神妙に言った。



「僕、優也のことが好きだよ」

「うん」



落ち着き払っている自分に自分で驚く。一方で開き直ってもいた。スバルを呼び止めて家にまで入れてしまったのだ。こうなったらこっちもやけくそである。



「……ガチ感出したら嫌われると思って、ふざけ半分で言ってたけど、本当ははじめて会ったときからずっと気になってた」

「うん」

「一緒に過ごすようになったら、気になるだけだったのがどんどん好きになっちゃって。でも、優也には言わずにいられると思ったんだ。ふつうに今まで通り、友達として、平気なふりして……」



キスをしたときのスバルの反応を思い出す。あの瞬間、俺は悟ったのだ。こいつがノリなんかではなく、心底俺に惚れているのだということを。

スバルが必死に押し隠していた感情を決壊させたのは、紛れもなく昨日の俺の行動だ。



「……なに言ってんの?冗談やめろよ、男同士だぞ。……とか、俺だっていつもみたいに言いたいんだけど、なんつーかさ」



黙り込んでしまったスバルを見つめる。う、うん。と返事をしたその肩がこわばり、緊張が走るのがわかった。だからあえて一息で告げる。なるべくなんでもなく聞こえるように。



「……俺も好きになったかもしんないわ。だから言えない」



さらっと告げたつもりだったが、言葉の意味を理解した瞬間、スバルは壁際まで後退りしてわなわなと震えた。どっかで見たなこの光景、と思ってすぐ、ああ昨日のエレベーターだ、と気がついた。



「え、は、何、だれ、っ、なんのはなし」

「いや、だから俺がお前を。わかんねーけど。自分でもまだぜんぜん整理ついてないから」



言ってしまったら楽になった。スバルにも自分にも、ちゃんと言葉にして伝えることができてよかった。それはいつから、だとか、これからどうしたい、だとか、そんなことはいまはまったく分からないが仕方がない。



「つーか昨日キスしたの俺からだろ。いまさらなんでそんなにビビってんだよ」

「そうだけど……だって……!」



職場では自信満々に振る舞っているくせに、その実メンヘラなスバルらしい反応だと思ったら笑えてきた。



「頭ではお前男だし、普通に考えて好きになるわけねーじゃんって今も思ってる。そんなこといままで一回もなかったし。でも、スバルが男だとか女だとか、好きだとか嫌いだとか、頭で考えるより先に行動しちゃう時があるんだよな、わかるだろ。昨日のもそう」

「……わかるよ。僕、本当に嬉しかったから」

「だから性別とか置いといて、人間として好きかもしんないって思った。……でも、いまはそこまでだ。だからどうするとかない。はっきり言うけど、両思いだとして、俺絶っっっ対お前で勃たねーし。期待させて傷つけるのも嫌だから、そこはやっぱ、正直に言っておきたい」

「じゅうぶんすぎるよぉ……」



言いながらスバルは両眼からぽろぽろと涙を落とした。



「優也の、今だけの勘違いでもいいんだ……。一瞬でも、僕のこと好きかもって思ってくれただけで」



柄にもなくそんな健気なことを言うもんだから、愛おしさに似たものが俺の内面に満ちていく。

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