第34話 エレベーターで君と
エレベーター前でスバルと別れ、ひとり帰路についた。自宅でぼーっとしながらシャワーを浴びているとき、突如として我に帰った。
俺、さっき、なにをした……?
ずっと夢の中にいたような気がする。ルミちゃんとデートをした平和な昨日の午後から、一夜明けて、なぜスバルとキスをするに至ったのか。……それも自分から。
そんなに酔っていたわけではないのに。キス魔では断じてないのに。あいつは男なのに。俺はひかえめな可愛らしい女の子が好きなのに。
振り払おうとすればするほど、真っ赤になってへたりこんだスバルの顔が脳裏に浮かび、胸の奥がずきずきとした。
うわああああ!死にたい!と叫び出しそうになるのをなんとかこらえる。
どうすればいい。どうすればいい。俺は一体どうすればいいんだ。
髪も身体もとうに洗い終わっているのに、まるで滝修行であるかのように無言でシャワーに打たれ続けた。どうすれば。答えが見つかるはずもない。それでも考えてしまう。どうすれば。俯いた俺のあごの先からもお湯がどんどん伝い落ちていく。お湯が排水溝に吸い込まれてなくなるように、俺も消えてなくなってしまいたい。どうすれば。
そうだ無視だ。
ひらめいた。酔ったフリ。それに尽きる。
スバルになんと言われようと、あの日のことは、泥酔していて1ミリも覚えていないと言い張ろう。それが嘘だとバレたとしても、そんなの知ったことじゃない。認めなければいいのだ。
なんとも男らしくない打開策だが、対男なのだからどうでもいい、と投げやりに考えた。どうでもいいだろ、スバルなんて。昨日だって、あいつなんか本当はどうでもよかったんだ。
なのに足はいつのまにかあの席に向かっていた。
その事実にまた、胸の奥がずきずきとする。
やり切れなくなり、乱暴にシャワーを止めると浴室を出た。身体を拭き、呆然としたまま髪を乾かし、パンツ一丁でベッドに潜り込む。……とにかくいまは寝よう。寝ることだ。あとは起きてから考えよう。いざとなればさっき決意したように、無視すればいいのだから。絶対に逃げると決め込んで、俺は眠りについた。このまま永遠に目覚めたくない気持ちだった。
……何時間経っただろう。チャイムが鳴って目が覚めたとき、外はもう薄暗かった。夕方か。
けっこう眠ったな、こんな時間にいったい誰だ、なんか注文してたっけ……などと寝ぼけた頭で考えながら、Tシャツとハーフパンツを適当に身につけて玄関に向かう。
女の子は部屋のドアを開けるときに絶対に用心すべきだが、男はそういうのに無頓着なタイプが多いだろうと思う。俺もその例に漏れない。ドアスコープをろくに確認しないまま扉を開けてしまい、度肝を抜かれた。冷や汗が背中を流れる気がした。
「な、な、な」
「おはよー優也。来ちゃったっ」
語尾にハートマークでも飛ばしそうなほど上機嫌なスバルが、きらきらの笑顔を讃えて立っていた。
狼狽しながらも腹を括る。
無視作戦、発動である。
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