第33話 エレベーターで君と
投げやりな気持ちでデビルジャムのドアを開ける。雑居ビルの廊下に出てエレベーターの近くまで来たとき、追いかけてきたらしいスバルが声をかけてきた。
「優也っ……ねえ待ってよ、どうしたの?」
「何。見送りに来たのか?」
「う、うん。下まで、僕もいくから」
「わかった。でも、店、いいのかよ」
俺はなにを言っているのだ。さっきは来いと言ったくせに、発言が矛盾している。自分でもなにがなんだかもうわからない。そもそも、トイレからまっすぐ席に戻るつもりだったのだ。どうしてこんなことに。
スバルは、うん、と頷いた。
「大丈夫。ちょっと抜けるって言ってきたから。あとは一緒についてた後輩たちがなんとかしてくれると思う」
「そうか」
「優也こそいいの、皆置いて帰って」
「いいよ別に。あとで連絡入れる」
ちょうどエレベーターがこの階で止まっていたので、開ボタンを押して乗り込んだ。あとから乗り込んだスバルは、から元気を装うように、ひとりでぽつぽつと喋っている。
「それにしてもさっきはびっくりしたなあ、急に優也が席に来るから……あのふたりね、僕の同級生なんだよ。ああしていろいろ言うけどさ、たまに来てくれるし。まあ、昔のノリっていうか、ちょっと辛辣なことも言うけど……」
声に覇気がない。無理しているのだろうとすぐにわかった。
そういえばこんな狭い空間にふたりきりでいるのは初めてのことだな、とぼんやりと思う。だからどうしたということもないのだが。一階ずつ降りていくエレベーターの表示を、ただ黙って見ていたら、それに気づいたらしいスバルがからかうように言った。
「なに?優也酔ったの?怒ってる?じゃあさ、えれちゅーでもする?機嫌直るかもよ?」
そうだ。初めて会った日も、こいつはこんなことを言っていた。そして俺は断固拒否をしたのだ。
へらへらとした声が癇に障り、気がついたらスバルの身体をエレベーターの壁に乱暴に押しつけていた。
自分でもどうしてそんなことをしたのかわからない。突然のことにスバルだってきっと驚いている。
でも俺たちはどちらも言葉を発することができなかった。それはなぜか。
……唇が、重なっていたからだ。
やがて顔を離したとき、漫画のワンシーンのように、硬直したスバルが壁づたいにずるずるとへたりこんだ。顔は消防車と同じくらい真っ赤で、唇がわなわなと震えている。ぷしゅう~と音が出そうなほどで、その姿は滑稽だった。
「わ、ゆ、え、あの、はわ………」
「……あんな連中の相手してまで金稼ぐことないんじゃないか」
「……へ?」
「ホスト辞めろよ。わかったな」
へたりこんだままこちらを見上げたスバルが、こくこく、と頷く。
一階に到着したエレベーターの扉が鈍い音を立てて開いたが、降りる人間はいないと判断して再び閉じた。
「ねえ、優也、どうして……」
かすれた声で尋ねられたが、そんなのこっちが聞きたかった。
あの同級生たちが言ったように、いよいよもってホモがうつってしまったのかもしれない。
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