第30話 病んでる君と
首の皮一枚で繋がった状態で、内心ハラハラしながら酒をすすっていたところ、10分後くらいに夕陽くんが慌てた様子で戻ってきた。
「ごめん、由貴、哀子さんが席に戻ろうとしてまた転んじゃって。腕ぶつけて、大した傷じゃないんだけど、ちょっとだけ血が出ちゃったんだ。ポーチに絆創膏が入ってるらしいから、それ、バッグごと持ってついてきてくれ」
哀子の泥酔時の怪我は日常茶飯事なのでさして驚くことではないが……
ホストクラブでなにやってんだあの酔っぱらい馬鹿女!
夕陽くんのような優しい男にいつもいつも迷惑をかけやがって。
「俺が行きます!」
高らかにそう宣言したものの、ローテーブルを挟んで並んだソファの片側が壁になっている関係上、どう考えても由貴くんが一番席を立ちやすいポジションに座っていた。サルでもわかる。
由貴くんはサルではないので、瞬時に自分の置かれた状況を理解し、立ち上がった。
「大丈夫ですよ。優也さんは座っててください。僕、夕陽さんのお手伝いして、すぐ戻ってきますから」
優しい微笑みでそう告げると、颯爽と去っていってしまった。ああ、この世の終わりだ。と、思った。
「哀子ちゃん、大丈夫かなあ…」
ルミちゃんが心配そうな声を出す。それに対しスバルが、夕陽くんがついてるから大丈夫だよ、お喋りして待ってよう、と優しく元気づけた。
「そういえば私、気になってることがあったんです。スバルさんの好きなタイプについて」
「えっ?僕?」
突然のルミちゃんの質問に、珍しくスバルが動揺している。
「No. 1ホストの好きなタイプって、気になるじゃないですか~!」
「えー、そうかな。僕は……一見冷たそうに見えて実は優しい、みたいな、ギャップがある人が好きかな」
グラスに口をつけ、氷で薄くなった酒を飲み下す。
ほう。スバルの好みなんて初めて聞いたぞ。
「……でも僕、本気になるといつも余裕なくなっちゃって。嫉妬とか、束縛とか、しちゃうんだよね」
「スバルさんが?意外……。いつも悠然とかまえてそうなイメージなのに」
「うん。相手の携帯にGPSこっそり入れといて、会社の場所を突き止めて、待ち伏せとかもしちゃうかもしれない……」
「わあ…愛が深いんですね…」
「重いんだよ僕…」
ふと見ればルミちゃんの方を向いているスバルの右手が、テーブルの下でこっそり俺の服の左袖を摘んでいるのに気がついた。なんだこれは。
「スバルさんって、ちょっとメンヘラ?」
「に、なっちゃうのかなあ……かっこ悪いよね、男なのに」
「ぜんぜん!かわいいです~~~~!」
かわいい?!
信じられない思いでルミちゃんの方を見るが、どうやらふざけているのではないらしい。本気でかわいいという表情でスバルに賛同している。おかしいとしか思えない。
「ありがとうルミちゃん。僕、恋すると自信なんか全部なくなっちゃってさ。こんなことしたら嫌われるかもしれない、僕のこと好きじゃなくてもいいから嫌いにはならないで欲しい、って、本当は思ってるのにね。いつもうまくできないんだ。ごめんねって言いたいことも、たくさんたくさんあるのに、言えなくて」
……こいつも不安に感じたり、悪いと思ったり、してるのか。
気がついたら、俺の左手は無意識にスバルの右手を握っていた。その瞬間、指先が驚いたようにびくりと反応したが、そんなの知ったことではない。ただ、「許してるから」ということを伝えたかった。スバルは確かに面倒くさいし女々しいし、うんざりするほどマイペースだけど、別に謝ったりしなくていい。そういう不安は的外れだ。それを伝えたい。しかし。
「……マジでお前GPSの件だけは謝れよ!なんでクリスマスに会社に来られたのかと思ったらそーゆーことかよ!ふつーにストーカーだかんなバカ!」
カッとして立ち上がっていた。このクソホストめ、勝手に俺の携帯に細工しやがって。家を訪ねたときか?!動物園に行ったときか?!
俺の目はいま怒りに満ちている。はずなのに、突然立ち上がった俺を見つめるスバルの頰が、なぜか赤らんで見える。さらにルミちゃんは俺の方を見ていない。……なんだ?
ルミちゃんの視線の先を追うと……俺とスバルの……繋がれた手を、じっと見つめていた。しまった、手を離すのをすっかり忘れていた!慌てて勢いよく振り払う。衝撃で、顔を赤くして呆然としているスバルがぐらりと揺れたほどだ。
「ちが、待って、これは」
「大丈夫です!」
ルミちゃんが、今度は俺の顔を見て、きっぱりと言った。
「本当に大丈夫なんです。あの、私……腐女子なんで!!」
そして、可愛い顔でにこっとはにかんで見せた。
……えっ?なんだって?
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