第28話 デートの日、君と

デートは滞りなく進んだ。俺はシャイではあるが日本男児なので、哀子みたいな気の強いタイプの女はあまり得意ではない。友達としては付き合いやすくていいのだが、恋愛となると話は別だ。


その点、微笑んで静かに後ろをついてきてくれるようなルミちゃんといると、けっこう癒された。惚れた腫れたとかいうのではないが、ほぼ初対面なのに、どこか落ち着くような感覚がある。



ふつうに店を見て周り、ふつうにコーヒーを飲み、ふつうにゆったりと会話を楽しんでいたら、3時間なんてあっという間に過ぎていた。



「わ、もう19時前か。あっという間だったなあ」

「ほんとに。楽しくて、まだ10分くらいしか経ってないような気がします」



そんな可愛いことを言ってニコッと微笑んでくれる。これから哀子が合流することを思うと、黒いマスクを被った某宇宙の独裁者のテーマが頭の中で鳴り響く思いがした。



「来てしまうのか……あいつが……」

「そんなこと言って~、幼なじみだしずいぶん仲良しって聞いてましたよ」

「仲良しっていうか、まあ。俺にとって哀子は男友達っていうかさ」

「哀子ちゃん、かっこいいですもんねえ」



そうだ。女々しいスバルなんかよりよっぽど勇敢だしさばさばしているし、付き合いやすいのだ。哀子は。



「だれがかっこいいって?」



長身の女が席に近づいてきていることに、俺もルミちゃんも気がつかなかった。ふたりで顔を上げると、そこには冬だというのに生足を晒した哀子が立っていた。



「おまたせ~。外寒いね。はやく酒飲んであったまらないと!」

「わー哀子ちゃん!今日は三人で忘年会しようねっ!」

「うん。ルミちゃん、大丈夫だった?こいつになんか変なことされなかった?」



面と向かって人に指を刺してくる無礼な女を俺は睨みつける。ルミちゃんは照れ笑いを浮かべてぱたぱたと手を振った。



「そんなそんな。楽しいデートだったよ!」

「へえ。優也も楽しいデートとかできるんだ~、意外だな~!」

「うるせえ。楽しいデートはお前の登場によってたったいま終わりを告げたんだ。あとはもうさっさと飲みにいくしかない」



さんせー!と二人が同意し、電車とかめんどくない?という哀子の一言で、俺たちは歓楽街までタクシーで向かった。



休みなのをいいことに三人で何軒かはしごし、午前2時をまわったころ、酔いで鈍くなった頭で察知した。酔ってはいるものの未だ元気な足取りの哀子が、俺と、少しふらついているルミちゃんを、どこに連れて行こうとしているのか。



「……待て、哀子。違う店に行こう」



一気に酔いが覚めた俺は強い口調で言うが、中途半端に酔っ払った哀子の意思は固い。



「なんで?いつもの流れじゃん!ぐずぐず言ってないであたしについてこーい!」

「はーい!!」



元気よく返事をしたのは赤い顔のルミちゃんだ。だったらふたりだけで行ってくれよ、と懇願したのに、聞き入れられないばかりか腕を掴まれ強制的に連行された。



嫌だ嫌だと言いながら引きずられ、エレベーターを降りて、きらびやかな例のドアがどんどん近づいてくる。ヤバい。これはまじでヤバい。命の危機だ。待て哀子、ドアを開けるな!




「いらっしゃいませ。ようこそデビルジャムへ」




はにかみ笑顔の夕陽くんが出迎えてくれた。ホッとしたのも束の間、そのすぐ横に笑顔のスバルが立っているのを見つける。不気味なほど美しい完璧な笑顔だ。ふいにその大きな瞳と視線がぶつかった。




……目の奥がぜんぜん笑ってねえ。




その瞬間、俺は観念した。今日のデートに賭けていた命を潔く諦めることに決めた。

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