第26話 クリスマスは君と
仕事が終わって会社を出たのは結局23時過ぎだった。最終的にフロアに山口と二人になってしまったので、絶対にクリスマスの日にこいつと同時には建物を出たくないという最後のプライドを盾に、追い立てて帰したのだった。俺はわびしくカードキーで会社の戸締りをし、ひとり暗いオフィスを後にしなければならない。
まあ、山口と男二人でもそもそ帰路につくことに比べればはるかにマシだ。そんな光景、悲壮感に満ち過ぎている。
そんなことを考えながら鍵を閉めたところで、スバルから着信があった。こんな日はこいつからの電話ですらちょっと嬉しく感じてしまうのだから、山口とふたりでなくても充分わびしいクリスマスである。
「もしもし」
『やっほー。メリークリスマース!』
「浮かれてんな。もう終わるとこだぞ」
『だからだよ。今日中に声が聞きたかったの!』
「乙女かって」
『麗しいだろ?』
肩でスマホを押さえて通話しながらカードキーを財布にしまい、エレベーターに向かって廊下を歩いていく。
『優也、まだ仕事してるの?』
「終わったとこ。電気消して鍵閉めて、帰るかーってとこだよ」
『やっぱクリスマスとか関係なく忙しいんだね。お疲れ様』
一人暮らしで彼女もいない俺は、ふだんの平日に会社の人間以外から「お疲れ様」なんて言葉をかけられることがない。
不覚にもじーんとしてしまった。
「……ありがとな」
『わー!珍しく素直だ!嬉しい!』
電話口でスバルがはしゃいだ声を出す。俺はスマホを持っていない方の手でこめかみを押しながら呟いた。
「なんか、疲れてんのかな…」
『なんだよそれー』
「わかんね。おまえから電話きてちょっと嬉しいとか思ったし。疲労困憊って感じ?弱ってて、誰からでもいいからとにかくねぎらいを求めてるみたいな」
『酷い!疲れてなくても喜んでよ!』
「……はいはい」
エレベーターのボタンを押すと、ちょうどこの階で停まっていたらしくすぐに扉が開いた。乗り込んで、はああと息を吐く。
今年ももうすぐ終わるのかー、という感慨にひたる。
今年俺に影響を与えた一番の出来事といえば、間違いなくこのクソホストに出会ったことだろう。仕事ばかりの日常にこいつは突如として現れ、遠慮なしにずかずかと踏み込んできた。そしていま、かけがえのない平穏を荒らされている。
『今日は寒い夜だね。雪でも降るのかな』
「どうだろうな。去年はこのくらいの時期、もう初雪とか降ってたっけ」
『それが思い出せないんだよね』
「だよなあ」
何気ない話をしながら、24時間常駐の管理人に会釈をして非常口からビルの外に出た。冷たい空気に一瞬にして体温が奪われ、俺は巻いていたマフラーに顔を埋める。
「ほんとに外、寒いな。家に着く頃には日付変わるギリギリかなー。結局仕事して終わっちまったよ。他にやることもないしいいんだけどさ」
『えー、そんなの寂しい。ケーキくらいは食べようよ』
「……なに?」
聞き返しながら顔を上げると、前方に人影が見えた気がした。会社のある通りを渡った向こう側だ。目を凝らすと、どうやらそいつはこちらに向かって手を振っている。嫌な予感がした。
「は、おまえ、ここでなにやってんの」
スマホを耳から離したまま、肉声で伝えた。同じようにしてスマホを離したスバルは、はにかんで答えた。
「クリスマス、一緒には過ごせなかったけど、やっぱりちょっとでも会いたいと思って!」
そのときに気がついた。
嫌な予感だと思った心の震えは、どうやらささやかな喜びでもあったらしい。
まあコンビニのケーキくらいなら一緒に食ってやってもいいか、と思い直して、俺は車通りの少ない通りを渡っていく。
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