第25話 クリスマスは君と
納期まであと10秒というところで原稿を納品し、俺は肩を震わせた。仕事が忙しいのはきついが、この瞬間の幸福感は何物にも代えがたい。
やり遂げたことに満足して全身の筋肉が緩み切っていた。さて、ひと仕事終えたしタバコでも吸いにいくかあ、と思ったところで、同じ島の後輩である山口が声をかけてきた。
こいつはまだ入社したばかりの新人さわやかボーイだ。
「先輩、お疲れ様です」
「おー山口、お疲れ。そっちどう?無事終わったかあ」
「なんとかっすよ。ギリギリ。クリスマスにこんなの、ほんと嫌になりますよねー」
そう言って茶髪の後頭部をぽりぽりと掻く。
そうだ、今日はクリスマスだ。
この仕事についてからというもの、聖夜に特別感なんてまるでなく、毎年気がついたら過ぎてしまっている。12月の半ば以降は、日付になんかかまっていられないほど忙しいのだ。
「俺なんかクリスマスという存在すら毎年忘れてるわ。むしろもうあきらめてる。仕事が好きすぎて」
「またそんなこと言ってー。羨ましくないんですか?俺は正直羨ましいっすよ。日奈子ちゃんも今日デートらしいし」
「なんだと?!?!」
……ショックだ。虚勢を張って、なんとか冗談めかして取り繕ったが、完全にショックを受けていた。俺の中にあった神田日奈子のイメージが音を立てて崩れていく。しかしそれはラブというより、テレビで見て好きだったアイドルの熱愛発覚みたいに、どこか現実味のない切なさではあった。
「まあ俺なんか相手もいないんだから別に仕事してていいんですけどね。先輩はどうなんですか?」
「俺もいねーよ。いたら今頃お前ら後輩に仕事ぜんぶ押し付けてデート行ってんだろ」
いねーよと口にした瞬間、頭の中に浮かんだのはなぜかスバルの顔だったが、そのおぞましい思考回路を受け入れたくなくてすぐにかき消した。
最近の俺は確実に毒されている。
山口と話しながら思い出していた。数年前、まだ俺に彼女がいた頃、クリスマスもこうやって遅くまで仕事をしていて、結局振られたんだったなあということ。
今にして思えばクリスマスのことはただの決定打に過ぎなくて、もっと前から彼女は、俺に不満を募らせていたんだろうな。
もう顔すら思い出せないような女の姿を記憶の中から見つけ出そうとしてみたが、やっぱりぼやけて上手くいかなかった。
好きってなんだろう。
俺はあの頃、彼女のことを本気で好きだったんだろうか。
本気で好きって一体なんだろう。
「ところで先輩、喫煙所っすよね?一緒に行きましょうよ」
山口の声で我に帰る。なにやら考え込んでしまっていた。疲れているんだろうか。
「ん?あ、ああ、悪い。ぼーっとしてた。一服しに行くか」
ポケットにタバコの箱があるのを確かめてから、後輩の後に続く。なんとも味気ないクリスマスだな、と、心の中で苦笑した。
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