第19話 動物園に君と
俺がメンタルの弱いピュアボーイ(ボーイという歳ではないが)だったために動揺してつい電話を切ってしまい、つまり、本当にスバルの声を聴きたくて電話をかけた男になってしまった。
……なってしまったというか、成り下がってしまった。不本意もいいところだ。
その上で俺は本日、動物園デートときている。朝起きて渋々準備をして、家を出るまではとにかく悶々としていたのだが、玄関を出た瞬間なんかもう開き直った。だいたい戯言ばかりのスバルを本気で相手にしてしまうからいつもこうなるのだ。軽く!受け流す!それがあいつとうまく付き合う何よりのコツではないか。わかっているのに振り回されている自分がバカなのだ。大人にならなければ。
◆
もうお決まりになりつつある駅での待ち合わせ場所に向かうと、スバルはすでに突っ立っていて満面の笑みを浮かべていた。
「おっはよー!快晴だね!」
「あいにくとな」
「僕、こんな昼間に出歩くのすごく久しぶりだよ。楽しみだなあ」
「そっか。普段は寝てる時間だもんな」
昨日の電話などなかったかのように、スバルはいつも通りだ。誤魔化しているという様子もない。気にしているのはやっぱり自分だけだったと思い至り、心底馬鹿馬鹿しい気分になった。……なにをうじうじ考えていたんだろう。フツーにいつも通りに振る舞おう、と思い、肩から力が抜ける。
「俺、動物園なんて行くの小学校以来なんだけど」
「僕もだよ。大人になるとなかなか行くこともないよね」
「お前もかよ。それがなんで急に?」
「最近いつも寝る前に、動画サイトで砂漠とかジャングルの動物のドキュメンタリー映像を見るのにハマってるんだ。ライオンの捕食とか、そういうやつ」
「あー。ああいうのって見始めると意外と夢中になるんだよな~。わかるわ」
「優也、わかってくれる?!店ではみんなに、なんでそんなの見てんの?病んでんの?って言われちゃったんだけどさ」
改札を通り抜け、乗り込んだ電車は思いの外空いていた。並んで座り、俺たちは淀みなく話す。そこになんの不自然さもなかった。
「まあ、店にいるときのスバルにそういうイメージがあんまりないからなんじゃないか?」
「そうかなあ。優也はどう思う?オフのときの僕まで知ってるわけじゃん」
「俺?めちゃめちゃイメージあるけど。生命の神秘とか自然の荘厳さとかに感動して、ひとりで泣いてそうですらある」
「さすがに泣かないけど、やっぱ感動はすごいするなあ」
話が外れつつあるが、つまりはドキュメンタリー映像に触発されて、肉眼で動物を見てみたくなったということに繋がるらしい。それで動物園か。なるほど。
「俺もむかし田舎のばあちゃんちで、すげーでかいカマキリがカナヘビを捕まえて喰うところとか、しゃがみこんでずっと見たりしてたなあ」
言ってからふと気がつく。そんなこと久々に思い出した。小学生だった頃の自分の背中を焼く夏の太陽や、セミの声や、カマキリの緑色の大きなカマなんかを、ふいに鮮明に思い出した。
「……スバル」
「なあに?」
「なんか俺、動物園、ちょっとだけ楽しみになってきたわ」
「え、ちょっとだけ?!すごくじゃないの?!」
相当楽しみにしていたらしいスバルが口を尖らせたのを見て、笑った。たまにはこんな休日も、まあいいのかもしれない、と思った。
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