第16話 朝方に君と
数日後の朝4時頃、喉が乾いて目が覚めてしまった。
……平日なのに勘弁してくれよ。
寝つきの悪い俺は二度寝に苦戦するタイプなので、やっちまったとため息をつきながら、キッチンに水を飲みに行く。
ちょうどその時、枕元に置いてあるスマホの画面が点滅しているのに気がついた。ため息がさらに深くなる。こんな時間に連絡をよこす人間は、俺の少ない人間関係の中から想像するに、どう考えたってたったの一人しかいないからだ。
◆
【優也、再来週の日曜日ひま?】
コップのふちギリギリまで汲んだ水を、顎を濡らして一気に飲み干しながら、先ほど見た液晶画面のメッセージを思い返す。
日曜日がどうしたんだろう。また、家に遊びに来ないかという誘いだろうか。もう猫もいないというのに?
顎から滴る水滴を手の甲で拭い、なんだかんだと考えてみる。先日イヤイヤ交わされた約束はあのあとさっそく一度だけ、果たされていた。上司の移動が突然決まり、急遽の送別会があった夜、別の上司の行きつけのスナックにみんなで流れるというので、いちいち言わなくても絶対バレないよな~と思いながらも律儀な俺はスバルに連絡を入れた。約束は約束だ。
【今から付き合いでスナックに行きます】
と短い文面を送ったところ、
【40歳以下の女と目を合わせたら殺す】
という返事が3秒後に来ておののいた。あいつはその場にいなくても俺を殺せる能力を持っているらしい。
ちなみに、スナックには45歳以上の女性しかおらず、まだ若い俺は逆セクハラの標的にされた。スバルに殺されなくて助かったと言いたいところだが、別の意味で寿命が縮まる思いをした。
思い出したくもないのでそれはまあいいとして、日曜暇かというさっきの連絡に対しては、
【用件による】
とだけ返していた。わざわざもったいぶるまでもなく、ひまだ。しかしこれまでの経験から、スバルの意味不明な計画に巻き込まれるのを避けるための術は多少なりとも身につけたつもりだった。
こういうとき、安易にひまだと答えてはいけない。そうと分かったら俺の心情などおかまいなしに、強引に約束を取り付けられてしまうからだ。
用件によると宣言することで、俺にも選択権があるのだということを暗に主張する。我ながらうまい返しだと思った。
喉が潤い、空っぽの胃が水で満たされたのを感じながら、あくびをひとつして寝床に戻る。目が冴えてしまったが、今日も仕事なのでなんとかして二度寝をしなければならない。
ふと見ると、また画面が光っていた。もう返事が来ている。あの野郎、真面目に仕事してねえな。携帯いじってんじゃねえよ。心の中で毒付きながら、乱暴にスマホを手に取り、メッセージアプリを開いた。
【10時に駅待ち合わせね。動物園に行くよ!】
「はあ?!」
声に出ていた。真っ暗な部屋には俺ひとりしかいないというのに、口にせずにはいられなかった。
俺の主張した選択権は完全に無視された。あまりの所業に動揺を隠せない。
行かない、と返事をする気力すら吸い取られてしまった。
まあいいか、俺も無視すれば……
あいつがまた勝手にほざいてるだけだし……
と鬱々と考えながら、ふらふらと布団に潜り込んだ。
よくもまあ次から次へと、無理難題をふっかけてくるもんだ。あのホストは。
だいたい俺らふたりで動物園に行って楽しいわけがないだろ。
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