第12話 不機嫌な君と
原稿を納品し、そんなことを考えながらデスクに座っていると、同じ島の後輩の女の子が声をかけてきた。
「相川先輩、怖い顔してますよ」
「わ、まじ?」
「怒ってるみたい。なにかあったんですか」
黒髪のショートカットがよく似合う彼女は、神田日奈子という。口元をおさえて上品に笑っている。
あまり目立つタイプじゃないので職場ではちょっと地味な子というイメージになっているが、実はメイクも薄くて結構可愛くて、この子が入社してきた時からちょっといいなあと思っていたりいなかったりしている。最近は忙しいのもあり、そんな気持ちとかはすっかり忘れてしまっていたのだが。
「んーなんか、人間関係?みたいな?ちっとだけモヤモヤしてて」
「えー、先輩が人間関係で悩むなんて、ちょっと意外です!」
「待て、それは褒めてないな?」
「でも、悪い意味じゃないですからっ」
彼女は、会社の皆から日奈ちゃんと呼ばれている。実際若いのだが、その圧倒的年下オーラも相まってなおさら子供扱いされるのだろう。
可愛い子と笑い合っていたら、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。そもそも先日知り合ったばかりの、友人と呼べるかすらも怪しい美形のホストについて、俺は何をぐだぐだと考えているんだ。
スバルは俺より若いんだし、もっと楽しいこともたくさんあるし、単に飽きただけだろうし、別に、失ってもなんてことはない。
「知り合いから避けられてるような気がしたら、神田ならどうする?」
俺はかっこつけながらもその実ビビりなので、日奈ちゃんと呼んだことは一度もない。
スバルのことも、友達とはなんとなく言いがたくて、知り合いとしか言えない。
「うーん、離れたくない大切な友達とかだったら、どうしたのって直接聞きますけどね。理由がわからないままいなくなられたら、悲しいし」
離れたくない大切な友達。
理由がわからないままいなくなられたら、悲しい。
どちらもしっくりこないが、否定するのもはばかられる。
俺はあいつのことを果たしてどう思っているのだろうか?
◆
その日仕事が終わった瞬間に、初めてスバルが俺にしてきた時のように、怒涛の着信を入れてやった。木曜日の夜21時、仕事中かもしれないが知ったことではない。
四回目でスバルは出た。
『優也?!どうしたの』
『うるせ。腹減ったからラーメン喰いにいくぞ』
『へ?』
『お前いま何してんの?仕事?なんでもいいけど、来るまで待ってるから、ぜってー来い』
『ちょっと待』
『南口で待ってるからな』
ブチッ。
少しせいせいした。先日の仕返しだ。
最近わかってきたことは、あいつはだいたい店休の月曜日と、隔週日曜日を休みとしているらしいってこと。出勤時間は20時くらいで、同伴する日は21時くらいに店に入る。そして深夜2時から5時の間に帰宅。
うちのホストは二部制で、俺は一部だから、キャバ嬢みたいなスケジュールなんだよねーと言って笑っていたのを思い出す。どうやら24時前後に出勤して午前中まで働く、なんていうホストも多いらしい。
つまりは今日、かなりな確率であいつは出勤ということだ。そしてもう21時過ぎなので、同伴だったとしても店にいる可能性が高い。
まあ、来れないだろうな。
でも、いいのだ。神田が言ったように、俺があいつを大切なのかも、離れたら悲しいのかも、まったくもって分からない。でもひとつだけ、理由がわからないのがモヤモヤして嫌だということだけは、はっきりと分かったから。
南口の、あの日スバルがしゃがみこんでいた場所に立って、なんとなく空を見る。
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