第7話 2LDKで君と

仕事が死ぬほど忙しい。俺は広告やカタログを製作するデザイン系の会社に勤めているのだが、ここ最近は発注が増えて毎日遅くまで仕事をしている。24時を過ぎることもしばしばだ。



まあ、この業界では特に珍しいことでもない。俺の会社は大手だし、近年は残業にうるさくなったため今まで少なかっただけで、そっちの方がラッキーだったのだ。



21時や22時に家に帰れていた頃が懐かしい。ほんのすこし前だというのに、もう二度と帰ってこない日常のように思う。このくらいで弱音を吐いていたら同業他社の方に怒られそうだけど。喫煙所で俺はため息をついた。それにしても。



こんなに疲れているのに、週末あいつの家に行くのかよ…。



そう思うと心底萎えたが、そこには猫がいる、俺は猫に癒されに行くのだと気持ちを奮い立たせ、煙を肺に深く吸い込む。







ふたつ隣の駅で降りるのは初めてだった。日曜日の午後なのでやたらに人が多い。でも最寄り駅まで俺の家から徒歩10分、そこから約5分電車に乗ってもう着いてしまうことを考えると、訪ねていくのには近くて良いなと思う。



いや、何が良いんだよ。と、意味不明な自分の思考を慌てて取り消す。いまのはどこか、今日一度のみならず、まるで今日以外にも来ることがあるから便利だとでもいうような考えに近かった。疲れが残っているのだ、たぶん。



俺たちは駅の目の前にあるファッション系のビル前で待ち合わせている。キョロキョロと見回すと、スバルはまだ来ていないようだった。



入り口の脇に突っ立って行き交う人の流れを数分間ぼんやり見ていたら、その中から見知った顔が現れた。



「おっはよ!」

「おー」



今日のスバルは前髪を上げて、部屋着に近いゆるっとした服を着ている。俺もジーンズにパーカーという気を抜きまくりモードなため、ああ休日だなあとこんなところで実感してしまった。



「相川くん、お昼まだでしょー?僕の家で適当に食べよー」

「ああ、まだ。ありがとう」



素直にお礼を言うと、スバルは驚いた顔をした。



「なんか、いつもより物腰が柔らかい気がする…」

「疲れてんだよ。今週残業で毎日24時過ぎてさあ」

「まじで?!頑張ってるなぁ」

「ホント、休憩行く暇もなくて、マジ参ってて…」



待て、なんか愚痴っぽいぞ。仕事に疲れ弱っているところを彼女に見せて慰めてもらっている俺、という構図がふと脳裏をよぎり、心外すぎて速攻で口をつぐんだ。



「そんなこたーどうでもいいんだよ。早く行こうぜ」

「ふん、猫目当てのくせにっ」

「猫目当てだよ」

「でも、そんな疲れてる中来てくれたのってなんか嬉しいなあ」

「別に…約束しちまったしな」

「その約束ちゃんと守ってくれたことが嬉しいんだろー」



スバルは本当に嬉しそうに笑った。

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