第6話 猫を抱いた君と
「相川くん?」
突然名前を呼ばれて我に帰った。顔を上げるとすぐそこにスバルが立っている。
「なんだ、来てたんだぁ!連絡してくれたら良かったのに。僕あっちの卓についてたから、今まで全然気づかなかったよ」
「別におまえに会いに来たわけじゃねーよっ」
「そう?俺はいま、相川くんかもって思ったから声かけに来たのにな~」
「ハイハイ、ありがとよ」
「なにぃ?あんたたち、いつのまにかすごい仲よさそうだけど」
夕陽くんと話し込んでいたくせに、こう言う時ばかり哀子が話に入ってくる。うるさい。
「なかよくねーっつの」
「そうやってさ。いつもつれないね、相川くんは」
「優也ね~、誰に対してもこんななの~、昔からずっとらよ!」
また呂律が怪しくなってきた哀子の言葉にふふふ、と笑って、スバルがさりげなく俺の隣に座る。この店のホストは私服率が高いが、こいつは前回も今回もスーツ姿だ。今日は青みがかった細身のデザインで、よく似合っている。
「相川くん、写真見た?」
「見たよ。てか返事しただろ」
「猫が可愛いってやつね」
「そう、お前じゃなくて、猫」
「ハイハイ、僕じゃなくて、猫ね」
スバルが俺のシャンパンのグラスを勝手に掴むと、ぐっと飲み干した。その振る舞いが意外で驚く。こいつも、前回よりは酔っているのかもしれない。
「つまり僕、猫に嫉妬して返事しなかったわけなんだけど、どうですか」
「?!……や、なに、どうって」
「そういうとこ、ちょっとばかし、かわいくないですか」
「いや、全然かわいくないけど?」
「チッ」
「ホストが店で舌打ちすんな」
思わず笑ってしまう。笑いながら、俺は空のグラスにシャンパンを注いだ。ずっと夕陽くんがしてくれていたのだが、哀子が出来上がってきてしまってそれどころではないので仕方ない。
「スバル、お前って女々しいんだな。見た目通り」
「女子力が高いって言ってよ~」
「それは良く言い過ぎ」
見やれば、スバルもこちらを見て笑っている。理由はよくわからない。けど、なぜか面白くて笑えてくる。
「でも実際、少しは僕のこと考えたりしたでしょ?モヤモヤして」
俺はスバルのことを思い出してはイライラしていたここ数日間を回想し、かき消した。
「しねぇーーーよ」
するわけないだろ。キモい。マジで。
「うーん失敗かあ。相川くんには色々と通用しないんだよなぁ」
「俺にはってゆーか…お前はホントになんなんだよ」
「だから好きって言ってるのにぃ」
「いやネタじゃなくてさ」
「ネタじゃないよ。俺は素直にこういう人間なのさぁ」
そのとき内勤がスバルを呼びにきて、話はそこで終わってしまった。指名が入ったらしく、ひらひらと手を振りながら俺の元を去っていく。
「次は絶対えれちゅーしようね、相川くん!」
でかい声で言うもんだから、睨みつけて思いっきり舌打ちしてやった。
◆
翌々日、スバルから連絡が来た。今度は電話ではなく、写真でもなく、メッセージだ。
スバル【猫を見に来ない?】
釣られている。猫で。わかっている。
…頭ではわかっているのに、猫に惹かれる圧倒的な本能はいかんともしがたい。
俺ももふもふしたい。膝に乗せて、腕に抱いて…。
優也【行く】
悲しいかな、スバルに言わせるところの、二度目のデートが大決定してしまったのだった。
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