第8話 2LDKで君と

スバルの家の猫は写真通り本当に可愛くて、それはもう食べてしまいたいほどだ。子猫なので活発かと思いきや、二匹ともたまに飛び跳ねたりする程度で、基本的にはお腹を見せてごろごろしたり寝たりしている。やっぱり猫にも性格があるらしい。



「ああああ~かわいい~~~」

「いい子だろ?こいつら」

「ほんとに…噛んだり引っ掻いたりしないのかよ…」

「んー、これからは分かんないけど、今のところはまったく」

「あああああ~~~」



柄にもなく目からハートが飛んでしまう。猫の毛はふわふわで柔らかいし、可愛くない部分がただのひとつも見当たらない。

一週間で溜め込んだ、ストレスで荒んだ心が浄化されていくのを感じた。



「にしても、お前んち広いよな~」

「まあね。でも僕は堅実だから、そんな高級すぎるとこには住まないで、ちゃんとお金貯めてるんだよ。これでも」



俺にとっては一人暮らしでこの家なら充分高級すぎると思ったが、まあ、稼いでいる額が全然違うのだから感覚も違って当たり前だろう。



「この猫たちはさ、ねーちゃんから預かってるだけなんだ。いま出張で海外にいるんだけど、来週には帰ってきて、連れていかれちゃうんだよね」



初めて会った日に、スバルの連絡アプリに登録されていた【アカネ】という名前を思い出す。そうだ、こいつにはねーちゃんがいるんだった。



「じゃあこんな可愛い子たちといずれ離れ離れか。お前も寂しくなるな」

「離れがたくて泣いちゃうかもね。本当はこのまま飼いたいくらいだけど」

「なんとか譲ってもらえないの?」

「ねーちゃんも出張で泣く泣く預けた感じだったし、無理だろうなあ。まあ、今を大切にするよ」

「そういや猫猫って、名前なんて言うんだよ」

「…聞かなかった。離れる時に悲しくなる予感がして」



健気なところもあるんだな。何の気なしに、その薄銀色の頭にぽん、と手を置いてみる。なんとなく、しょんぼりしてしまった空気を変えたかった。



「あー、悪い、腹減った」

「そうだよね。僕も。すぐ準備するから座ってて~」

「…お前が作るの?手伝う?」

「作るってほどじゃないよ。お客さんにお土産でもらったレトルトのカレーあるから、食べよ。有名店のやつらしいよ。ごはんもう炊いてあるし」

「カレー最近食べてなかったな~。いいね」

「あっためるだけだから座ってて。なんでもそのへんにあるもの、適当に見てていいし」

「はいよ」



そのへんにあるものと言っても、スバルの家は綺麗に片付いていて、ほとんど何もなかった。ひょっとすると定期的にやってくる女の子でもいて、掃除をしてくれているのかもしれない。

ふと、ポストに届いたのであろうまだ開けていないハガキ類や電気料金の請求書が、テーブルの角にまとめておいてあるのを見つけた。



…あいつ、源氏名は碧スバルなんて名乗ってかっこつけてるけど、本名なんて言うんだろ。



あの見た目でめちゃくちゃダサい名前だったらウケるなー、と、いたずら心が湧いてニヤニヤしてしまう。



ダイニングキッチンだが、スバルは食器棚と電子レンジを行き来していてこっちを気にしている様子がない。

まあ、好奇心に駆られて宛名を見るくらいどうってことないだろうが、一応こっそりとそれを手に取った。



裏返してみると、そこには、青木昴と書かれている。


アオキスバル。


ほぼ本名じゃねえか。



「あーあ、つまんねっ」



俺はハガキを乱暴に元に戻すと、少しでもスバルの財政を圧迫してやるという名目でごはんを三杯おかわりしてやった。

腹いせのつもりだったのに、何も知らないスバルはそんな俺を見て「おいしい?」なんて、さも嬉しそうにニコニコと笑っている。



…不愉快だ。

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