47.大家さんと誤解と独裁
大家さんと一夜を共にしたことはいつの間にかアパートの隣人にも伝わっていた。どうやら部屋で俺と大家さんが話していた声が薄い壁を通して隣人である須藤さんにも聞こえていたらしい。まぁボロアパートなので壁が薄いのは仕方ないが、聞こえるならはっきりと聞こえて欲しいものである。中途半端に聞こえると、例えばこんな風に要らぬ誤解をされかねない──。
「な、な、ナッキーさんはお、大家さんといつの間にそんな関係までいってたんですか!?」
朝になり、大家さんが自分の部屋に帰ってすぐのこと。部屋のインターホンが物凄い勢いで連打され、玄関のドアを開けるとこれまた物凄い勢いで隣人である須藤さんに詰め寄られた。若干顔が赤いのと鼻息が荒いのを見る限り、相当興奮しているようだ。
「い、いきなりすみません。盗み聞きをするつもりはなかったんですけど、その……」
一体何を考えているのか。須藤さんは赤い顔を途端に俯かせモジモジとし始める。それからの時折チラッと俺を見ては再び恥ずかしそうに顔を俯かせる動作の繰り返しを見れば、彼女が既に何か変な方向で誤解していることは明白だった。
「とりあえず部屋に上がって話しますか。ここで話すのもなんですし」
「は、はい……」
隣人さんの誤解はここで解いておかないと後々大家さんに何を言われるか分からない。大家さんのことだ、誤解されていることを知ったらきっと『貴方のせいで要らぬ誤解をされてしまったじゃない。貴方は良いでしょうけど私にとってその誤解は屈辱的なのよ。一体どう責任をとってくれるのかしらね。もうお金しかないわよね?』とか言って圧をかけてくるに違いない。あの人の圧は本当に怖い。居心地も悪いし最悪なのだ。あとしつこい。
きっと須藤さんならしっかり話せば分かってくれる。そんな俺の考えはやはり正しかったようで彼女に一言、二言説明するだけですぐに誤解は解けた。
「……な、なるほどそういうことでしたか。すみません、私変な勘違いをしてしまって」
須藤さんは先程と同じように顔を赤く染める。
「いえいえ、須藤さんは悪くないですよ。勘違いさせるような真似をした俺と
夜の間、大家さんと同じ部屋にいたことは確かなのだ。実際に何事もなかったとはいえ須藤さんからしてみれば、何事もなかったかどうかなんて分からない。だから彼女が変な勘違いをしてしまうのも仕方ないことなのだろう。
「その、朝早くにいきなり押し掛けたりしてすみませんでした。部屋に戻って寝ます」
「はい、こちらこそご迷惑をお掛けして……って寝てないんですか?」
「は、はい。お恥ずかしながら昨日はお二人のことがあって中々寝つけなくて」
ああ、なるほど興奮して寝れなかったと。意外と須藤さんってムッツリスケベなのかもしれない。でもそういうところも素敵。
「そうでしたか。ゆっくり休んで下さい」
「は、はい、お騒がせしました」
須藤さんは一つお辞儀をすると玄関へと向かい自分の部屋に帰っていく。そんな彼女と入れ替わりで俺の部屋に再び厄介な人物が澄ました顔をしてやって来た。
「あら、私というものがありながら浮気かしら? 酷いわ、私ずっとナッキーのことだけを思ってきたのにー」
「本当にそう思ってるんならもう少し言葉に感情を込めてください」
「あらおかしいわね。これでも私のナッキーに対する感情を全て込めたつもりなのだけれど」
それ遠回しに俺のことは糞ほど何も思ってないって言ってますよね。まぁ良い、大家さんが俺のことをそこら辺に生えている雑草ほどに何とも思っていないことは既に分かりきっていることだ。寧ろ俺が雑草ほどに思われているかすらも怪しい。
「それで何をしに来たんですか? いつもみたいに弱い者苛めですか?」
「あまり人聞きの悪いことを言わないでくれるかしら。私がいつ弱い者を苛めたというの? 私はいつも貴方で遊びに、もといしっかり生活できているのか心配で貴方の様子を見に来ているのよ。そこに一切の邪心もないわ」
邪心がないとはよく言ったものだ。だとしたら俺をからかう時に浮かべるあの意地の悪い笑顔はどう説明する気なのか。あれが真心百パーセントの笑顔なんですか? それとこの人、本音隠す気ないだろ。
「それはそうと貴方にもう一つ大事な話があったのを忘れていたのよ。少しだけ私の話に耳を貸しなさい」
急に話を切り替えた大家さんはおもむろに俺のいる丸テーブルの対面の席へと移動し正座する。それから彼女はふっと息を吐くと何の前置きもなしにいきなり用件を告げた。
「私の両親が来週、恋人同士ということになっている私達の様子を見に来ることになったの」
「はぁ……」
「だからそれに際して貴方と私は来週まで一緒の部屋で生活することを決定したわ。もちろん異論や反論、その他諸々は一切受け付けない。というわけだからこれから私の荷物をここに運びこむのを手伝いなさい。さぁダッシュよ」
大家さんの言葉には遠慮とか、申し訳なさとか、俺の決定権とかそういうのが一切含まれていなかった。全てが大家さんによる独断。そこに俺の意志が介入することはない。新たな独裁者コハル・オオヤが誕生した瞬間だった。
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