48.大家さんと甘々な生活(幻想)
大家さんとの共同生活を余儀なくされた俺は自分の部屋のテリトリーの確保に努めていた。しかし今の状況は俺がやや不利。いや、ややではなくだいぶ不利だった。
「ではこの部屋の真ん中にベッドを置きましょう」
「もしかして大家さんは俺の生活空間を消し去ろうとしてます? そんなことしたら俺の寝る場所がなくなるじゃないですか」
「大丈夫、畳というのも案外寝心地が良いものよ」
布団すら敷かせてくれない大家さんマジ鬼畜過ぎ。というかこんなクソ狭い部屋でベッドを、それもド真ん中にってどんな嫌がらせなんですか。馬鹿なんですか?
「あの、もしかしてふざけてます?」
「ふざけてないわ。これでも貴方の陣地をどう制圧するか真剣に考えているの」
この人やっぱりふざけてますわ。陣地制圧するとか言ってるもん。共同生活する気ないもん。もはや恋人というよりは何かと嫌がらせしてくる姑的ポジションにいるもん彼女。
「分かりました。じゃあここは公平にじゃんけんで決めましょう。これでお互いのプライベートな空間を勝つ度に一畳分ずつ確保するんです。それなら大家さん納得してくれますよね?」
「そうね。でも私にじゃんけんで勝負を挑むなんて本当に良いのかしら? あとで泣きつくことになっても知らないわよ?」
「さて、泣きつくことになるのは一体どちらですかね」
じゃんけん、それなら三分の一で勝ちが回ってくる。このまま大家さんに全ての領域を取られるくらいなら少しでも自分の領域を手に入れられる可能性のあるじゃんけんに賭けた方が賢い。全ては取れないにしてもなんとか生活するスペースくらいは確実に確保出来ることだろう。なんと俺は頭が良いのか。流石、子供の頃に地域のそろばん大会で優勝しただけはあるかもしれない。
そう思って臨んだじゃんけんは俺が大敗する形で呆気なく終わった。
「……ま、まさか全敗するなんて」
「だから言ったでしょう? 本当にじゃんけんで私に勝負を挑んで良いのかしらって」
目の前にはいつもの意地の悪い笑みを浮かべた大家さんが立っていて、膝を付いた俺を嬉しそうに見下ろしている。何故だ、何故こんな結果になった。俺の作戦の一体どこが間違っていたというのか。
「何でそんなにじゃんけん強いんですか……」
「何でってそんなの私にも分からないわ。でも昔からじゃんけんにだけは負けたことがないの」
まさかのじゃんけん自信ネキだったか。
しかしどうしよう。これでもうこの部屋に俺の居場所は無くなってしまった。俺の部屋なのにもかかわらず俺の居場所がないとはなんとも皮肉な話であるが、じゃんけんは俺が言い出したこと。その結果をなかったことにするのは筋が通らない。
さてこれからどこで生きていこうと途方に暮れていたところで珍しく大家さんが俺に手を差し伸べた。
「でもそうね。私も貴方を部屋から追い出すほど鬼ではないわ」
大家さんはそう言うとニコリと俺に微笑みかける。今の彼女は慈愛に満ち溢れている神のように見えた。アーメン。
「だからここは公平に部屋を半分に分けることにしましょう。元々この共同生活は私達の仲を深めるためのもの。争っていては本末転倒だものね」
なんだか今日の大家さんは優しい気がする。まさか大家さんにもちゃんと人間の血が通っていたなんて、そんなこと今まで思いもしなかった。
「私達の絆の力で私の両親を完璧に欺きましょう。大丈夫、私達ならきっと出来るはずよ」
「はい、大家さん」
頷き合う俺と大家さん。正直お互い自分のテリトリーを確保しようと争っていた時点で絆も何もないんじゃないかとか、結託する理由が後ろめたいとか色々思ったが、そんなことは今どうでも良かった。大事なのは住める場所ここにあるということ。ただそれだけである。
◆ ◆ ◆
大家さんとの共同生活はことの他、上手くいっていた。というのも普段とあまり変わらないのだ。お茶を持って来いと言われればすぐに持っていき、肩が凝ったと言われれば飛んでマッサージをしにいき、テレビのリモコンが届かないと言われれば喜んで取りにいく。そんないつもと変わらない生活を俺は送っていた。
「……っは!? 俺は一体何を!?」
「突然どうしたの? まるで銃に頭を撃ち抜かれたような顔をして」
うーん、ヘッドショット! ってそれどんな顔なんですか。例え方が斬新すぎません? とそんなことはどうでも良い。
「いやよくよく考えたんですけど何かこれおかしくないですか?」
「おかしいとは何のことかしら? 貴方の頭の中の話?」
それを言うなら大家さんの頭の中でしょうが。
「違いますよ。なんだか俺ばかりが動いているような気がするって話です」
「貴方ばかりが動いている……確かに妙な話ね。ナッキー、お茶を持ってきてくれないかしら?」
「はい、ただいま……ってそういうことですよ!」
「そういうこと? 私、何かしたかしら?」
自覚無しですか。まぁこれは俺が反射的に大家さんの頼み事を聞き入れてしまっているのも原因の一つかもしれない。
「何でもかんでも俺に頼むのは止めてくださいってことです。なんだか今の関係、主人とその従者みたいになってますから。もう水戸の黄門様と助さん格さん状態ですから」
「それはちょっと違うんじゃないかしら……。でもそうね、確かに今のままだと恋人同士には見えないかもしれないわね」
大家さんは自らの顎に手を当てるとうーんと考える。それから少しして彼女はおもむろに俺を見るとニヤリと笑った。
「だったらこうしましょう。これからは私のことを名前で呼ぶのよ。そうすれば例え実態がどうあれ、何かこう良い感じに見えるんじゃないかしら」
「恐ろしくふわっとしてますね、その作戦」
「いいから一回やってみましょう。……ナッキー、お茶を持ってきてくれないかしら?」
え、そんないきなりやるの? いつも『大家さん』と呼んでただけにいざ名前を呼ぶとなると恥ずかしいものがある。
「は、はい小春さん、その、今持ってきます…………こんな感じですか?」
「もう少し自然に出来ないかしら。まだ恥ずかしさが残っているわ」
「小春さん、今持っていきます…………こうですか?」
「そうね、今のは完璧に恋人同士の会話にしか聞こえなかったわよ」
本当にそうかな。ただ呼び方を変えただけでそんなに受け取り方って変わるものなのかな。
「というわけだから早くお茶を持ってきて頂戴。ダッシュよ、ナッキー」
「はい、小春さん」
結局大家さんが自分で動くことはなかった。あくまでも動くのは俺らしい。あとやっぱりこの作戦意味なくない?
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