35.大家さんとゴミ拾い

 紅葉が美しい秋の公園、時折黄色く色付いたイチョウの葉がヒラヒラと地面に落ちていく中、大家さんと別れた俺はアイスメイズさんと二人で地道に銀杏を拾い続けていた。


「ククク……まさかこれだけの黄金の果実があるとはな」

「これ一応果実じゃなくて種子ですからね」

「わ、分かっている! 貴様が私の眷族として相応しいか試していただけだ」


 アイスメイズさんは慌てた様子で弁解する。こういう反応を見せるのは歳相応なんだよな。どこかの誰かさんと違って可愛げがあって微笑ましい。


「そうですか。ではアイスメイズさんはあっちの方を拾って下さい。俺はこの辺りのを拾いますから」

「うむ、ではそちらは貴様に任せたぞ。健闘を祈る」


 アイスメイズさんはそう言うとビニール袋を片手に軽い足取りで移動を開始した。よし、これでようやく一人になれた。やはりこういう単純な繰り返し作業は一人のんびり景色を楽しみながらに限る。


 一人になってしばらく、一つまた一つと銀杏をビニール袋の中へと入れていく。こうして銀杏を大体ビニール袋の半分ほど集め終えたとき、ふと後方から何者かに狙われているような、そんな奇妙な視線を感じた。


「アイスメイズさん、もう拾い終わったんですか? こっちは大丈夫なので他のところで拾ってて下さい…………?」


 アイスメイズさんかと思って銀杏を拾いながらそう声を掛けたのだが彼女からの返事が聞こえてこない。

 どうしたんだと後方を確認すると、まだ後方ではアイスメイズさんが一人ブツブツと何かを呟きながら銀杏を拾い続けていた。おや、もしかして彼女ではない? だとすれば一体誰がと視線を巡らせていると視界の隅でささっと誰かが動くのが見えた。


「犯人はお前か!」


 さながらメガネを掛けたあの小学生探偵になったつもりで怪しい場所を勢いよく指差す。すると指差した先にある木の影から一人の女性が現れた。いや本当に出てきちゃったよ。というかあれって……。


「気づかれてしまったのなら仕方ないわね」

「そんなところで何してるんですか、大家さん」


 大家さんでした。どこからどう見ても大家さんにしか見えない。一瞬幻覚かなと思ったけどやっぱり残念ながら大家さんだった。


「何ってあれよ。銀杏を拾うついでにゴミ拾いをしようと思って歩いていただけよ?」

「なるほどそういうことでしたか。それでなんで俺をつけ回すような行動を?」

「それはあれよ。ゴミがあったからよ」


 その言い訳は流石に苦しすぎるんじゃないですかね。


「そうですか、なら今すぐそのゴミとやらを回収してってください。本当にあるならの話ですけど」

「そう、じゃあ失礼して」


 大家さんはそう言うと優雅な足取りでまっすぐにこちらへと向かってくる。そして俺の目の前で止まるとおもむろに俺の腕を掴んだ。


「あの、何をやっているんですか?」

「何って今貴方が言ったようにゴミを拾ったのよ。ナッキーという社会の役に立たないゴミをね」


 ああ、そういう感じですか。ゴミって俺のことだったんですか。


「ゴミって言っても人間は流石に対象外なんじゃないですかね」

「そうかしら、聞いてみなければ分からないわ。何事もチャレンジよ」


 そんなことでチャレンジ精神を説かれても困るんですが。というか流石に冗談ですよね。ただ俺をからかっているだけでまさか本気でそう思ってるわけじゃないよね?


 しかし大家さんは一向に俺の腕を離そうとしない。もうこのまま縛られてゴミとして持っていかれそうな感じだった。ヘルプ、ヘルプミー!


「ナッキーって燃えるのかしらね?」

「燃えないんじゃないですかね」

「そう、全く貴方は分別に困るわね」

「分別とか以前に他に何か思うことは……」

「ないわね」


 俺の必死な抵抗をものともしない大家さん。しかし彼女はふっと息を吐くと途端にいつもの意地の悪い笑みを浮かべた。


「まぁ冗談はこれくらいにしておいて貴方に用事があるのよ」


 良かった。やっぱり冗談だったか。それにしてももう少し普通に用事を伝えることは出来ないんだろうか、この人。


「それで用事ってなんですか?」

「少し手を貸してもらえるかしら」


 大家さんに言われ、ビニール袋を持っていない右手を差し出す。すると彼女は俺の右手に一枚の扇形の葉っぱを乗せた。イチョウの葉?


「これがどうしたんですか?」

「銀杏を拾っている途中で見つけたのよ」

「はぁ……」

「綺麗な形だと思ったのよ」

「なるほど……」

「どうかしら?」


 どういうことなんですか。どう反応して良いのか分からず大家さんの方を一度見るも彼女の表情は何一つ変わらない。そんな状況でしばらく顔を見合せているとゆっくりとした動作で大家さんが口を開いた。


「貴方、さっきここの景色に感動していたでしょう? だから喜ぶと思ったのだけど違ったかしら?」


 なるほどそういうことですか。どうやら大家さんはわざわざ俺のために秋を感じるものを探してくれていたらしい。それにしてもこの人、会話下手くそ過ぎです。


「いえ、嬉しいですよ。ありがとうございます。でも流石にいきなり葉っぱを渡されただけじゃ分からないですよ」

「そうかしら、貴方なら分かると思ったのだけれど……」


 でもまぁそういうところを含めての大家さんなのだ。逆に異常な行動を取らない大家さんは異常である。


「まぁ良いわ。そろそろ行くわよ」

「どこにですか?」

「どこにってゴミを集めている場所に決まっているじゃない、社会のゴミッキー」


 混ぜないで、それ語尾があの世界的に有名なネズミのキャラクターと被ってるから。


「まだそれ続いてたんですね」


 というわけで俺の社会貢献は終始こんな感じで続いた。その日、俺の精神が極限まですり減ったのは最早言うまでもないことだろう。ホント、この人達と一緒にいると無駄に疲れる。

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