34.大家さんと秋の紅葉
近所の公園にボランティアという体でやって来た俺は夏に見た緑で溢れる公園からの景色の変わりように思わず感嘆の息を漏らしていた。上を見上げても下を見ても視界を埋め尽くしてくる鮮やかな赤と黄色、単純に綺麗だと思う感情に加えてまるで別世界か絵画の中にでも迷い込んでしまったかのような、そんな不思議な錯覚さえあった。こんな綺麗な景色を見たのは一体いつぶりくらいだろうか。ちゃんとした社会人として毎日死んだように働いていた頃では到底拝めない光景である。
「どうかしたの?」
「いや綺麗だなと思いまして」
「あら、ありがとう。褒めても朝食くらいしか出てこないわよ?」
何それ何気に嬉しい……って違う。
「いえ、大家さんのことではなくて景色のことです」
「そう景色ね。綺麗なんて言うからうっかり私のことかと思ったじゃない」
確かに大家さんは十人に聞いたら九人は確実に綺麗だと言われる人だけれども。それでも今俺が大家さん対して綺麗だと言うのは話の流れ的におかしすぎるだろう。
もちろん彼女もそれは初めから分かっていたようで『冗談よ』と一言呟いてから先程の俺と同じように周りを見渡した。
「でもここは比較的に自然が豊かだから秋になると大体こんな感じよ。私はもう見飽きてしまったけれど」
こんな綺麗な景色を見飽きただなんて勿体ない。この場所ほど視界いっぱいに紅葉を楽しめるところなんてそうそうないというのに。
「勿体ないですね」
「そうね、私でもそう思うわ。もっと新鮮な気持ちで見たかったわね」
俺もいつか大家さんみたいにこの景色が見飽きたと言う日が来るのだろうか。もしそんな日が来たとしてその時の俺を含めた周りの人達は一体何をしているのだろう。俺の場合は生活苦でバイトくらいしてそうだが他の人達、例えば……。
「ククク……ここがあの血塗られた赤龍の住処か。面白い。今日をもってこの地を私の支配下においてやろう!」
アイスメイズさんや。
「ナッキー見て。なんかあの木だけ妙にエロい形しているわね。貴方はあれを見てどう思う? 欲情するのかしら?」
そして大家さんもそんなに変わらない気がする。逆に大家さんに至っては今よりも何かがアップグレードする可能性だってある。彼女からは悪い意味で可能性しか感じないし。
「それ軽くセクハラですからね」
「あら、これくらいではセクハラにならないわ。大丈夫よ、安心しなさい。法の番人は意外と見ていないものなの」
「あれ、何か俺の方がセクハラしたみたいになってません?」
「でももしものときも大丈夫よ。しっかり私が証言してあげるわ。やったのはこの人ですって」
「それ有罪確定しますよね!? 完璧に嵌められてるじゃないですか、俺!」
「人生とは時に残酷なものなのよ」
しみじみと物悲しげに言う大家さんに紅葉の景色は恐ろしいほど良く映える。言っていることはさっきからメチャクチャだが、音声をミュートにすればそれはもうどこかのファッション誌で表紙を飾れそうな雰囲気を纏っていた。まぁジャージ姿なんですけど。
「そんなことより早く集合場所に向かいましょう。もう結構集まっているわよ」
「そうですね。アイスメイズさんもそんなところで腕広げてないで行きますよ」
「むっ……あと少しでこの地を私の支配下におけたのだがな。仕方ない、またの機会にしよう」
安定的にアイスメイズさんはどこかの雪国か冬にしか活躍しなさそうなコスプレ姿でこちらに向かって歩いてくる。絶対動きにくいし暑いだろ、とは思ったが恐らくきっと多分彼女なりの事情があるのだろう。しかし夏でもあの格好でいるつもりなのだろうか。もしそうだったら流石に身ぐるみを剥がさねば。いやこれは別にエロいことをしようとかそういう意味じゃない。熱中症とかそういう関係のやつで心配になっただけで、やましい気持ちなどは一切ないのだ。だから大家さん、その時は通報しないで下さい。お願いします。
「えー参加者の皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます──」
遠くの方から今回の開催者と思われる男性の声が聞こえてくる。公園の時計を見ると既に開始時刻を迎えていた。
「もう始まっちゃいましたよ」
「分かっているわよ」
「ククク……これからこの地で黄金の果実を探し出すというわけか。悪くない」
「大家さんもアイスメイズさんもゆっくり歩いてないで急いで下さい」
「良かろう、今回は貴様の策に乗ってやらんでもない。だが私には呪いがあってな。これ以上速くは歩けんのだ」
「そうね、私もこれ以上速くは歩きたくないわ。だって疲れるもの」
こうして俺達三人は男の声がする方へと急いで向かうことはなく、普通に歩いていった。いやこの人達マイペースすぎ。
ボランティアというよりかは最早イベントである今回の企画の概要を聞き終わった後は大家さんから軍手とビニール袋を受け取っていた。公園に集まっていた人達は既に四方へと分散していて集合場所に残っているのは既に俺達のみとなっている。
「はい、ナッキー。この軍手とビニール袋で数多くの銀杏を拾い集めなさい。これは命令よ」
「は、はい……っていきなりなんですか?」
「何よ、ノリが悪いわね。ここは『ご主人様の命令とあらばこの命に変えても』とかいうところでしょう? だからナッキーなのよ」
最後の何だろう。もしかして悪口だった? 俺のあだ名ってもう悪口の代名詞で使われる域まで来てたの?
「いやいきなり言われても分からないですって」
「分からなくても分かりなさい」
ホントあなたメチャクチャなこと言いますね。
「むっ……これ以上私の眷族に対して命令するのは止めていただきたい
「そうね、ごめんなさい。もうこのペットは冬華ちゃんの正式な眷族だったわね」
ん、ペット? もしかして大家さん今まで俺のことずっとペットだと思ってたのだろうか。
「そうだ。これから奴は私の眷族、命令して良いのはその……私だけだ」
アイスメイズさんは何故かそこで照れ始める。今の会話に全然照れる要素はないはずなのだが、何で照れた?
「覚えておきなさいよ、ナッキー」
そして何故俺は今大家さんに因縁をつけられた?
疑問しか生まれてこない二人の会話に俺は作業前から疲れを感じてしまっていた。このイベントが終わるまで俺の心もつかしら?
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