30.中二病少女と大家さんの日常
とある日の早朝、インターホンの音で起こされた俺は玄関でどこかの誰かから勧誘を受けていた。
「ククク……我が眷族になるが良い! 人間よ!」
もちろん勧誘とはアイスメイズさんからの眷族のお誘いである。
しかしながら今日のアイスメイズさんはマフラーに厚手のコートという季節感を間違えたコスプレではなく、近くの高校の制服を身に纏っているようだった。まぁ今日は平日だし、これから学校にでも行くのだろう。それと当たり前だが魔法使いが持っていそうな杖も持っていない。
「おはようございます、アイスメイズさん。この前も言ったと思いますが眷族になるのは無理です」
「何故だ!?」
いや、そんなあり得ないみたいな顔されても困る。眷族になれと言われて喜んでなるやつなんて普通に考えていないからね。喜んで眷族になろうとするのは大抵普通とはかけ離れた人達だ。まぁ彼女の容姿に惹かれて眷族になろうとする者もいるかもしれないが、それでもそれほどの数がいるとは思えない。そして俺は普通側の人間である。
「何故って俺は普通の生活がしたいんですよ」
今普通の生活を送れているかと言われれば少々怪しい気もするが。
「そうか、貴様はあくまで普通を望むというのだな。詰まらぬ、実に詰まらぬな! 貴様がそういう態度なら仕方ない」
突如バッと右腕を勢いよく前に突き出し、左手で片目を隠すアイスメイズさん。一体何を始めるというのか。彼女の様子をじっと観察していると彼女はそれから何かをぶつぶつと語り始めた。
「我の根源に存在せし者よ。全ての理を今一度読み解き我に
ここでアイスメイズさんは言葉を切り、ニヤッと笑うと突き出していた右手のひらをグッと握り込む。そして彼女は叫んだ。
「その力を持ってかの者を氷迷宮の檻に捕えたまえ!
どうするのこれ、俺はどう対応するのが正解なの?
アイスメイズさんの顔も若干赤いし、きっと恥ずかしかったんだよね。どうして勢いに任せてこんなことしちゃったんだろう、この子。
「……そうか、貴様には
しかし、少ししてから何事もなかったかのようにアイスメイズさんはそんな言葉を口にする。この子結構メンタル強いな。
「そ、そうみたいですね」
「フッ……本当に食えん奴。だが面白い」
アイスメイズさんはそう言うと俺に背を向け歩き出した。
「今日のところはこれで失礼させてもらう。私にはこれから行かねばならぬところがあるのでな。だが勘違いするな、私はまだ諦めたわけではないぞ」
そして最後にこちらを向いて一言。
「ま・た・来・る」
恐らくこれから学校に行くのだろうアイスメイズさんの言葉に俺は思わず苦笑いを浮かべていた。
まさかこんなことが毎日続くようになるのか。そう思うと苦笑いを浮かべずにはいられなかった。
アイスメイズさんを見送ってから数十分後、俺の部屋ではいつものように大家さんが寛いでいた。今彼女は部屋に置いてあるテーブルの前で優雅にお茶を飲んでいる。そして俺も彼女の対面に座ってお茶を飲んでいた。
「調子はどう?」
「実際のところどうだと思います?」
「そうね、朝から可愛い女の子に猛アプローチを受けていたから今はとてもハッピーな気持ちなんじゃないかしら」
何この人、もしかしてさっきの俺とアイスメイズさんのやり取りを見てたの? 俺が困る姿を見て楽しんでたの? やっぱり悪魔の生まれなの?
「あのアプローチでハッピーになれる人なんてごく一部しかいないと思いますけど」
「そうかしら?」
「ええ、そうです」
「でも普通の成人男性は可愛い子が相手なら例えどんなことを言われてもハッピーになるものなのでしょう?」
その情報ってあれだよね。あなたの妹さんからのやつだよね。世の中で一番信じちゃ駄目だからね、その情報源。あと小夏ちゃん、もうこれ以上は大家さんに余計な知識を吹き込まないで、お願いだから。
「小夏ちゃんからの情報はあまり鵜呑みにしない方が良いですよ」
「よく小夏だって分かったわね。もしかして貴方ってエスパーなのかしら?」
まぁ彼女の情報は偏ってますからね。
「言葉に小夏ちゃんの影を感じますから大体分かりますよ。とにかく今後は小夏ちゃんから聞いた情報だけで物事を判断するのは止めた方が良いです。彼女の情報は大部分が偏ってますから」
「そう、分かったわ。でも私はこれから何を信じていけば良いのかしら……」
そこは自分を信じていきましょうよ。なんかこの人は小夏ちゃん相手だと騙されやすくなるというか、盲目になるというか、途端に脳が働かなくなっている気がする。
小夏ちゃんに洗脳でもされているのかしら? ……なんだか本当にそんな感じがして地味に怖い。
「そんなに誰かを信じないとやっていけないなら俺のことを信じてください。これでもこのアパートの中では一番の常識人だと思いますから」
「そうね、腐っても元は社会人だものね」
「まぁそういうことです」
「頼もしいわね、元社会人さん」
なんとなく馬鹿にされているような気がするのは気のせいか。例え気のせいじゃなかったとしても大家さんなりの照れ隠しだと受け取っておこう。はい、決定。
「そういえばボストンバッグから顔を出す芸をしている人がいたわよね。エスパー……なんだったかしら?」
「伊藤ですかね」
「確かそういう名前だったわね。流石は元社会人ね」
「これに関しては元社会人とか関係ないです」
とにもかくにも、俺と大家さんの雑談は昼過ぎくらいまで続いた。暇人同士はこうして時間を潰すのだ。
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