29.中二病少女と眷族のススメ

 一言で言うと痛々しい少女がこのアパートに引っ越してきた日の翌日、俺は珍しく一人部屋でゲームをしていた。しかしどうにも落ち着かない。そして落ち着かない理由も実は既に分かっていた。


「まさか大家さんがいないだけでこんなにも落ち着かないとは」


 今まで俺は大家さんに迷惑しているものだとばかり思っていたのだが、どうやらその考えは今をもって改めなければいけないらしい。残念ではあるが。


「これが完全に毒されてるということか……」


 とそんなことを呟いたときである。部屋に突然インターホンの軽快な音が鳴り響いた。


 このパターンは分かる。昨日のあれからして、あれだろう。そう、あれしかない。


 家のインターホンを鳴らされては出ないわけにもいかず、渋々玄関へと向かいドアを開ける。


「ククク……数十秒とはいえこの私を待たせるとは貴様も相当な命知らず……おや、貴様は昨日の人間か。丁度良い、昨日の返事を聞かせてもらおうではないか!」

「間に合ってます」


 そしてすぐさまドアを閉じ、鍵を掛けた。ドアの向こう側からは『氷迷宮を共に守るのではないのか?』とか、『この私、アイスメイズの眷族に』とか、『まさか神々からの精神魔法攻撃でも受けたのか?』とか色々聞こえてくるが全て無視する。昨日は流れで付き合ったが、それで仲間だと思われても困る。だからここは突き放して彼女の認識を改めさせなければならない。


 ドンドンとドアを叩く音が聞こえる中、俺は部屋の奥に戻ろうとする。


「仕方ないわね、冬華ちゃん。ここは私に任せて頂戴」

「まさかこの結界を破れるとでも言うのか?」


 しかし玄関から離れようとする直前、ドアの向こう側から聞き覚えのある人の声が聞こえてきた。その後、聞こえてくるガチャッというドアの鍵が開く音。これはまた色々面倒なことになりそうな組み合わせになったなと玄関ドアの方へと再び視線を移動させると、そこにはやはり大家さんと先程の氷迷宮のなんたらさんがいた。もう見ただけで分かる。この組み合わせはヤバい。例えるならば電車に携帯を忘れてしまった時の絶望感に匹敵する。うん、あれ冗談抜きで本当に焦るからね。


「引っ越しの挨拶に来た女の子を放っておくなんて貴方はどうかしているみたいね。言い訳があるなら言ってみなさい」

「いやそのですね。これはなんと言いますか、彼女に勘違いをさせないようにと思いまして……」

「言い訳なんか聞きたくないわ!」


 え? ああ、そういう感じですか。これってあれだよね? 『先生怒らないから正直に話してくれるかな?』とか言って話を聞き出した後に怒るのと同じ手法のやつだよね。


「ふむ……やはり何者かから精神魔法を受けているみたいだな。でなければ私のことを無視するなどあり得まい」


 この子はこの子でなんか訳の分からないことを言って納得している。


 とにかくだ、このまま玄関で話をしていても仕方ない。この場に大家さんがいるなら隣にいる氷迷宮のなんたらさんに帰ってもらうのも無理だろう。大家さんなんかこのなんたらさんの味方みたいだし。


「とりあえず上がって下さい。お茶を出しますので」


 だとしたら部屋に上げてから自主的に帰ってもらう方法が一番穏便に済ませられる。


「最初からそうしていれば良いのよ」

「自力で精神魔法を解いたか。やはり貴様には見込みがある」


 もしかして今度はこの氷迷宮のなんたらさんに目を付けられることになるのかと今後に不安を抱きながらも俺はキッチンへと向かった。



◆ ◆ ◆



 部屋で三人お茶を飲んで落ち着いたところで氷迷宮のなんたらさんが口を開いた。


「それではこの前の話の続きをしようではないか。早速だが私の眷族になるがいい!」


 そうですよね、やっぱりその話ですよね。さっきも言ってましたもんね。


「えーと、具体的には眷族って何をするんです?」

「ほう、確かにその説明はしていなかったな。しかし簡単だ、これから貴様は私の右腕として動いてもらう。ただそれだけのことだからな」


 うーん、つまり具体的にどういうことなのかな? もしかして俺も氷迷宮のなんたらさんみたいな格好をしなきゃいけないのかな? それだけは避けたいな。


 とにかくここはなんとしても彼女の眷族になるわけにはいかない。だって眷族になったらあれだよね。確実に俺の部屋に毎日来るよね、彼女。流石にこれ以上奴らの侵入を許すわけにはいかないのだ。


「でもあれじゃないですか。俺がその氷迷宮のなんたらさん──」

「氷迷宮の番人だ」

「そう、氷迷宮の番人さんの右腕なんて荷が重いというか、はっきり言って力不足だと思うんですよね」


 俺が断ろうと口を開くと氷迷宮のなんたらさんは『ククク……』と独特な笑い声を上げた。


「心配しなくても良い。昨日も言ったと思うが貴様には魔力マナが備わっている。そして氷魔法の才も感じる。氷迷宮の番人にして氷魔法の使い手である私が言っているのだ。間違いない」


 どうやら俺には氷魔法の才能があったらしい。


「冬華ちゃん、彼の力はそれだけではないわよ」


 とここで突然大家さんが例のあの表情で話に割り込んでくる。これはあれですわ、またいらんことを言おうとしてますわ。大家さんの表情が全てを物語っている。


「どういうことだ? 管理者アドミニストレータよ」

「彼には炎をも操る才能もあるわ。アパートの管理者にして、このアパート一番の料理人の私が言うのだから間違いないわね」

「ま、まさか炎と氷の二属性使いデュアル・マジシャンだとでも言うのか!?」

「そういうことになるかもしれないわね」


 なんか俺の潜在能力がとてつもないことになっているんですが。どこかのアニメとか漫画で主人公になれそうな感じ。


「ククク……そうか面白い。ますます貴様を眷族にしたくなって来たぞ!」

「冬華ちゃん。彼は逸材、絶対に諦めては駄目よ」

「無論だ、決して諦めてなるものか!」


 やっぱり大家さんがいると毎回変な方向に話が転がっていくんだよな。そして毎回俺が何かしらの被害を被ることになる。


「あのー、氷迷宮の番人さん。今の話は全部大家さんのデタラメというか嘘ですからね」

「なに、別に隠さなくてもよい。私には全て分かっているのだからな。それとだ、今後は私のことをアイスメイズと呼んでも構わないぞ? 試しに一度呼んでみるが良い」

「えーと……アイスメイズさん?」

「ククク……中々悪くない響きだ」


 さいですか。


 こうして俺は先程の予想通り、氷迷宮のなんたらさん、もといアイスメイズさんに目を付けられてしまった。ホント、とんでもない子が来ちゃったよ。

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