28.大家さんと新たな住人

「喜びなさい、女の子よ」


 とある日のお昼、大家さんは俺の部屋に来て早々にそんな言葉を発する。いきなりなんだと大家さんの方を見れば、彼女はハイタッチを求めてきた。よく分からないがとりあえず彼女とハイタッチする。


「いきなりどうしたんですか。大家さんはもう女の子っていう歳じゃないと思うんですけど」

「私のことじゃないわよ」

「だったら須藤さんですか?」

「彼女でもないわね」


 だったら誰のことなんだと考えを巡らせていると大家さんは深くため息を吐いた。


「ここまで言って分からないなんて貴方って本当にどうしようもない人間ね。幼稚園からやり直してきた方が良いんじゃないかしら?」


 そこまで言いますか。流石に幼稚園からは勘弁して欲しい。高校くらいだったら全然あり。


「それでどういうことですか? どうしようもない人間の俺に一つ教えて下さい」

「どうしようもない人間って……自分をそこまで貶めなくても良いんじゃないかしら」


 いや、今あなたが言ったんですよね!?


「とにかくそうね。分からないというのなら見てもらった方が早いかもしれないわ。ちょっと付いて来てもらえるかしら?」


 大家さんはそれだけ言うと俺の部屋から出ていく。そんな大家さんを見届けた後、俺は早急に身支度を済ませ部屋の外に出た。



 部屋の外に出るとアパートの敷地内に一台のバンが止まっているのが見えた。よく見ればそこでは一人の男が何やら作業をしている。

 しばらくその様子を観察していると真下から人の話し声が聞こえてきた。


「いやー、まさか大家さんがこんな綺麗な女性だったなんて」

「またまたご冗談を」

「いえいえ冗談じゃないですよ。あなたならうちの娘を預けても安心です」

「ありがとうございます」

「じゃあこれから娘をよろしくお願いしますね」

「はい」


 聞こえてきた会話は大家さんと恐らく下で作業していた男のもの。ここまで聞けば流石にどういうことなのか俺でも分かった。


「なるほど女の子って新しく引っ越して来る人のことですか」


 先程大家さんの言ったことに納得しているとトントンと誰かが階段を上ってくる音が聞こえてくる。音がした方へと顔を向ければ、そこからは一人の少女が上がってきているのが見えた。

 陶器のように白い肌、それに染めているのか彼女は日本人らしい顔をしながらも少し白っぽいプラチナブロンドの髪を肩くらい長さで切り揃えている。しかしそれでも似合っていないということはなく、まるでどこかのおとぎ話から出てきたのではないかと思ってしまうほどの不思議な雰囲気が彼女からは漂っていた。これだけみればまさに完璧な美少女である──。


「ククク……私の姿を見てこうも堂々としているとはな。まさか私を知らないわけでもあるまい?」


 だがそこだけを見ればの話、まだ秋の始めだというのに厚手のコートとマフラー、ここは日本だというのに魔法使いとかが使ってそうな木の杖のようなものまで持っている。もはやただのコスプレにしか見えない。


「いや知らないですけど……」

「そうか、私のことを知らない人間がまだいたのか。仕方ない、ならば教えてやろう!」


 少女は階段を上りきると手を大きく広げ、そして杖を持っていない方の手で片目を覆う。


「私の名はとう、しかしそれは現世に馴染むための仮の名に過ぎない。もしかしたら貴様にはひょうめいきゅうの番人アイスメイズ、そう言った方が分かりやすいかもしれないな」


 ひょうめいきゅうのばんにん……え、何て?

 これは確実にあれだ。見た目で贔屓されている分、中身でマイナス補正をかけられているやつだ。だってさっきからおかしいもん、この子。


 それはともかく、こういう時は何をどう答えれば良いのだろう。話を合わせておいた方が良いだろうか。よく分からなかった俺は咄嗟に話を合わせていた。


「ま、まさか貴方様があの氷迷宮の番人だなんてー。い、命だけは助けて下さいー」


 我ながら酷い棒読み。しかし、氷迷宮のなんたらさんはかなり嬉しそうな表情をしていた。少しではなくかなりである。それはもうパッと表情を輝かせるという表現では足りないくらい嬉しそうだった。

 きっと今までほとんど誰にも相手にされなかったんだろうな。美少女だけど中身これだし。


「ククク……そうか、流石にこの名前は知っていたようだな」

「は、はい、それは勿論ですよ」

「フッ、面白い。よく見たら貴様にも魔力マナがあるようだし、これも何かの縁だ。貴様を特別に私の眷族として迎えてやろう」


 あっ、これやっちまったなと思ったときには既に遅かった。明らかに関わってはいけない類いの人間と関わってしまった感がすごい。


「さぁ私の手を取り、そして共に氷迷宮を守るのだ」


 片目を隠しながら謎のポーズを決めている氷迷宮のなんたらさん。これはどうすれば良いのだろう。ナッキーさん、久しぶりの困惑です。


 しかし俺の困惑はそう長く続かなかった。


「冬華! 早く下りて大家さんに挨拶しなさい!」


 というのも先程大家さんと話していた男が彼女のことを呼んだのだ。


「フッ……そろそろ時間のようだな。この返事はまた後日にでも聞くとしよう。ではな、貴様に氷精霊グラキエースの御加護があらんことを」


 最後にそれだけ言い残すと彼女は『ククク』と笑いながら、ゆっくり階段を下っていった。

 とりあえずは何とかなったらしい。そう、とりあえずは──。

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