25.大家ちゃんと夏の終わり

 結局もう少しいることになった小夏ちゃんと他二人と共に今はアパートの庭で流しそうめんの準備をしていた。丁度お昼時、アパートの住民も全員揃っているので少し話すのなら丁度良いだろうということで大家さんが提案したのだ。竹でやる流しそうめんである。


「ほらナッキー、手が止まっているわよ。早く準備しなさい。こっちはもう茹で上がっているのよ」

「そうは言われましてもこっちも一生懸命組み立ててるんです。手が空いているなら手伝って下さいよ」


 俺が必死にお願いするも大家さんは日陰から一歩も出ようとしない。一歩どころか一ミリも動かない。


「それは無理な話よ。だって今は茹で上がったそうめんを手に持っているのよ? もう今更後には引けないわ」


 一回部屋の中に置けば良くないですか?


「そうです、私も皆さんの分の割りばしを手に持っているんです。今更後には引けません」


 だから置けば良くないですか?


「す、すみません、そうですよね。今手伝います」


 そうそうこれこれ、この反応です。俺はこの反応を待っていたんです。ありがとう、須藤さん。いや、須藤様。


「ありがとうございます、助かります」

「い、いえとんでもないです」


 須藤さんを見習ってくれと日陰の二人をジト目で見ると二人はそれぞれ異なる反応をみせた。


「全く、女の子に手伝わせるなんて情けないわね。見損なったわ、ナッキー」


 まずは何故か俺に失望する大家さん。この人はもうね、うん分かんない。


「秋帆お姉ちゃんが手伝うなら私も手伝います。あ、姉さんはこの割りばしを持ってて下さい」


 そして須藤さんがやるなら自分もと先程から手に持っていた割りばしを大家さんに預ける小夏ちゃん。まぁ須藤さんが手伝うならそう言って来るとは思ってたよ。というか始めからそうしてくれ。


 こうして準備をする人が一気に二人増えたおかげか流しそうめんの準備はそれほど時間をかけずに終えることが出来た。

 バーベキューセットにしても、かき氷機にしてもそうだが、このアパートには本当に色々揃っている。もう青いネコ型ロボットもビックリな充実ぶりだ。


「じゃあ始めますか。早速流しますけど準備は良いですか?」


 茹で上がったそうめんを大家さんから受け取った俺は竹の一番高いところでスタンバイする。そしてこちらからの問いかけに頷きで返事をした三人を見た俺は第一投を竹の窪みの中へと放った。やっぱり流しそうめんは流す側が一番楽しい。



◆ ◆ ◆



 楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので気がつけば既に約束の時間の三十分前。

 一度部屋に荷物を取りに行った小夏ちゃんと俺達はアパートの庭で向かい合っていた。


「その、姉さん。今日は色々ありがとう」

「気にしなくても良いのよ。まだ暑いから帰る時もちゃんと水分補給しなさい」

「うん、分かった」


 大家さんと小夏ちゃんはそう言って笑い合う。この光景を見ていると彼女達は本当に姉妹なんだと実感させられる。やはり家族は喧嘩なんかしているよりもこうあるべきだろう。


「またね、小夏ちゃん。色々あったけど小夏ちゃんのおかげでナッキーさんの前では緊張しなくなったよ」

「そんな! あれは全然私のおかげとかじゃないですよ!」


 小夏ちゃんは手をブンブンと振って否定する。確かにあれはただの悪ふざけだったかもしれないが須藤さんが言っていたことも事実なのだ。終わり良ければ全て良しである。


「また遊びに来てね」

「は、はい、今度は冬休みに来ると思いますが、そのときはまた宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくね」


 これであとは俺だけ挨拶すれば終わりか。そう思って俺は小夏ちゃんに声を掛ける。


「その、小夏ちゃん──」

「じゃあ、私はそろそろ行きますね」


 あれれー? 俺まだ挨拶してないんですが。これって全員と挨拶するやつじゃなかったの? 俺だけハブなの? インビジブルなの?


 予想していなかった展開に俺が戸惑っていると小夏ちゃんは『冗談ですよ』と言って笑った。


「すみません、最後にナッキーさんの戸惑う顔を見たくて。悪気しかないですけど許して下さい」

「そ、そっか、俺はてっきり忘れられたのかと思ったよ」

「実はナッキーさんがさっき声を掛けてくれるまで忘れてました、すみません」


 そういうことは言わなくても良いからね、小夏ちゃん。


「いや、良いんだよ……」


 なんだか他の二人と比べて小夏ちゃんの挨拶が雑な気がするが、これはきっと彼女の照れ隠しか何かなのだろう。本当に姉妹揃って素直じゃないんだから、もう。


「あとナッキーさん、ちょっと耳を貸してもらっても良いですか?」


 突然の小夏ちゃんからのお願いに俺は少し屈んで耳を貸す。わざわざ誰にも聞かれないようになんて一体何だと言うのか。そんな疑問と共に言葉を待っていると耳元で小夏ちゃんが小さく呟いた。


「この先、姉さんのことを宜しくお願いしますね」


 この先とは一体?


「えーと、それってどういう……」

「そのまんまの意味ですよ」


 小夏ちゃんはその一言だけ言い残すと俺からスッと離れていく。


「じゃあ今度は本当に行きますね、皆さん」


 そしてこちらに向かって一度頭を下げると、彼女はアパートの敷地の外に向かって歩いていった。


「なんだったんだ……」


 小夏ちゃんが言い残した謎の言葉の意味を考えるも答えは出ず、途中で大家さんに声を掛けられる。


「じゃあ、後片付けは貴方にお願いするわね」

「私もこの後用事があるので、すみません」


 まぁ考えていても仕方ない。そう思った俺は流しそうめんで使った竹の片付けを始めた。

 やっぱり最後も俺がやるのね。

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