26.大家さんとお料理

 季節はもうすぐ秋、夏の暑さもようやく収まりを見せ、俺の部屋にもやっとのことで平穏が訪れる……ことは当然なかった。


「もうすぐ秋ね」

「そうですね」


 俺の部屋には極々自然に大家さんがいた。もう部屋の主である俺よりも寛いでいる。


「ところでナッキー、私思ったのだけれど。貴方って多分あれよね」

「あれって何ですか?」

「料理出来ないわよね」


 突然何を言い出すのかと思えば、料理が出来ないだって? そんなこと、一人暮らしなんだからいつもしているに決まっているじゃないですか。茹で専門ですけど。


「そうですね。確かに本格的なやつは普段しないです」

「そう、だったらこの際覚える気はない?」

「覚えるですか?」

「そうよ、毎日麺類だと飽きるでしょう?」


 確かに大家さんの言うことは尤もだ。毎日麺類だけでは料理のレパートリーが限られて来る。たまに大家さんが朝食に誘ってくれるとはいえ、現在の食生活は大部分を麺類に頼っているのだ。


「それに貴方の健康にも悪いわ」

「健康ですか……」


 そんな生活をこれからも続けたとして果たして俺は大丈夫なのか。こういった不安を抱いたことは少なからずある。まだそういうことを考える歳ではないのかもしれないが、気になっちゃうお年頃というやつだ。うーん、確かに健康面は心配である。


 さて、話は先程の質問に戻るが大家さんから料理に関しての質問が飛んで来るということはもしかしたら彼女は俺に料理を教えようとしてくれているのかもしれない。

 何故かは分からないが大家さんは度々俺の健康状態を気遣ってくれる。だからこそ、たまに朝食へと誘ってくれるのだが一体どうしてそこまで俺の健康状態を気にしてくれるのか。そんなことを考えていたところで大家さんが再び口を開いた。


「そう、健康よ。万が一にでも貴方に倒れられたら私の貴重な収入源が無くなってしまうわ。せめて貯金を使い果たすまでは生きてもらわないと」


 そうか。そういうことですか。やっぱりそういうことなんですね。

 はいはい分かっていましたとも、だからもしかして純粋に俺のことを心配してくれているのでは? とか俺も全然思っていない。

 そう、全然これっぽっちも思っていないんだからっ! ホントにそうなんだからっ! 勘違いしないでよねっ!


「なるほど納得がいきました。大家さんが純粋に人のことを思って行動するなんてあるはずないですもんね」

「そうよ。家族でもない、ましてや恋人でもない、加えて仕事もしていない駄目人間に利益なしで何かをするなんてあるはずないわ」


 ほう、大家さんも中々言ってくれますね。


「そうですか。つまり要約すると大事な収入源である俺が早死にしないように大家さんが俺に料理を教えてくれるということですか」

「そういうことよ」


 そうか、料理か……。


 それから訪れる沈黙の時間、その間に俺は考える。料理を教えてくれるという大家さんに教えてもらうかどうか。そしてその結論は比較的すぐに出た。


「是非、俺に料理を教えてください」


 そうだ、大家さんに何の対価も払うことなく料理を教えてもらえるなんて良い話じゃないか。それに料理も出来ないよりは出来た方が良いに決まっている。


「そう、分かったわ。だったら付いて来なさい」

「はい、大家さん」

「違うわ、私のことは今から小春先生と呼びなさい」

「分かりました、小春先生」


 こうして俺は大家さん、もとい小春先生に料理を教わることになった。



◆ ◆ ◆



 というわけでやって来たのは小春先生の部屋。朝食に誘われた時くらいしか入ったことはないが相変わらず整理整頓された綺麗な部屋だ。


「それで何から始めます?」

「そうね、貴方の部屋にはまともな料理道具はないようだから出来るだけ簡単に作れるものが良いわよね。もちろんお米は炊けるのよね?」

「もちろん炊けますけど、家にお米が無いです」

「買いなさい」

「はぁ……」


 そんな簡単に言ってくれちゃって。お米買うのも大変なんですよ。歩いて持っていくにしては重いし、かさばるし。


「返事ははっきりとしなさい。それだったらそうね、炒飯なんてどうかしら? 手軽で美味しいわよ?」


 炒飯か、そういえば久しく食べていない。考えていたらなんだか食べたくなってきた。


「良いですね、炒飯」

「良いですね、じゃないわ。今から貴方が作るの」

「そうでしたね、俺は料理を教えてもらいに来たんですもんね」


 俺の言葉を聞くなり、ため息を吐く小春先生。


「……全く、私がとりあえずの材料を用意するから貴方はそこで待ってて──」


 小春先生はそれだけ言うと冷蔵庫へと向かった。



 そして時が経ち、完璧な美味しい炒飯が完成する……はずだった。しかし現在目の前に広がっているのはベチャベチャの炒飯、見た目はそんなに悪くはないが如何せん水っぽい。


 どういうことですかと小春先生を見ると彼女は可笑しそうにクスクスと笑っていた。この人、さっきからほとんど何も言ってこないけど本当に教える気ある? もしかして教える振りをして料理が出来ない俺をただ笑いたいだけなんじゃないかい?


「貴方って面白いわね。やっぱり私の思った通りになったわ」

「失敗するのが分かりながら黙って見てたんですね」

「時には失敗も大事よ。良い経験になるわ」

「そうですか……。それで何がいけなかったんです?」

「そうね、全体的に量が多すぎるのとコンロからフライパンを離しすぎね。ただでさえお店と違って火力が低いんだからそんなことをしたら熱が伝わらなくて水分が飛ばないわよ」


 そうだったのか。確かに一度失敗すれば次は間違えないかもしれないが……。


「でもこの失敗した炒飯はどうします?」

「それは私達が食べるしかないでしょう? 捨てるなんてことは私が絶対に許さないわよ」

「勿体ないですし捨てはしないですよ。でも小春先生は失敗したので良いんですか?」

「少し水っぽいだけで他は何も変わらないわ。ほら、昼食の準備をするから貴方も手伝いなさい」


 小春先生はそれだけ言い残すと昼食の準備を始めた。


 というわけで俺の人生初の炒飯は失敗に終わったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る