17.隣人さんとお出かけ
とある日の昼下がり、俺はとある部屋のドアの前で人を待っていた。
夏の昼下がりというのは殺人的に暑く、ちょくちょく水分を補給しながらでないと冗談ではなく死んでしまう。というわけで十分おきくらいに水分補給していたのだが、今は既に三回目の水分補給を済ませたところだった。
「……長いな」
いくらなんでも長すぎる。ちょっと外で待ってて下さいとか言って人を待たせる時間じゃない。
そんな感じで文句を言いながらの四回目の水分補給、やって来たのは小夏ちゃんだった。
「あれ、ナッキーさん。こんな暑いところで何してるんですか? 熱中症になっちゃいますよ」
「ああ、うんそれはそうかもなんだけどちょっと人を待っててね。小夏ちゃんは……」
そこで小夏ちゃんの手に握られた鍵を見る。あれって多分俺の部屋の鍵なんだろうな。
「私は暇だったので遊びに来たんですが、これからどこか行くんですか?」
「ああ、うんちょっとね。それより大家さんは大丈夫?」
あの一件以来、大家さんはすっかり俺の部屋に姿を現さなくなった。別にあの一件が尾を引いているわけではなく、小夏ちゃんから聞いた話によるとどうやら夏風邪を引いてしまったらしい。
いくらあの大家さんとはいえ病気には敵わなかったようだ。
「姉さん? えー、まぁぼちぼちやってますよ。最近ちょっと元気になってきましたかね」
「そっか、それなら良かった」
「もしかして心配してくれてるんですか?」
「まぁそれなりにはね。大家さんがいないといないで寂しいと言うか、なんだか張り合いがないと言うか」
大家さんの声が聞けない環境というのはなんとも静か過ぎるのだ。ここに引っ越してから今まで大家さんが一週間も部屋に来ないなんてことはなかったので逆に今の状況が新鮮というか、非日常であるように感じてしまう。
そう感じてしまうあたり俺は既にかなり大家さんの毒にやられているのだろう。全く厄介な毒である。
「もう酷いですね。姉さんの代わりに私が毎日行ってあげてるじゃないですか。私じゃ不満だって言うんですか?」
小夏ちゃんは少し怒ったように頬を膨らませる。こういうところだけを見ていれば普通に可愛らしいとでも思っていたのだろうが、あの禍々しい笑い声を聞いてからではそんなこと微塵も思えない。
というかあの声は一体どこから出ているのだろうか。お腹の中に魔王を飼っていると言われても信じてしまうかもしれない。
「いや、別にそうは言ってないけど……」
「でも姉さんって昔からあんな感じだったので今まで心配されることがあまり無かったんです。だから今のを姉さんが聞いたらきっと喜びますよ」
「『まったく私がいないと貴方は駄目ね。仕方ないからかき氷でも作らせてあげるわ』とか言って?」
「そうですね、確かに言いそうです」
小夏ちゃんはそう言ってフフッと小さく笑う。
こんな風に普段から笑っていれば普通に良い子に見えるんだけどな……。
そんなことを思いながら彼女と会話をしていると今まで待っていたドアの向こう側から慌ただしい声が聞こえてきた。
時間にして約四十分、ようやく待っていた人物の準備が終わったようだ。
「す、すみません。お待たせしました!」
「やっと来ましたね。流石に今日はもう帰ろうかと思いましたよ」
「すみません……」
「あの、冗談ですから本気にしないで下さい。まぁここで話しているのもなんですしとりあえず行きましょうか」
「は、はい! そ、その、今日はよろしくお願いします!」
待っていた人物──須藤さんを迎えた俺は早速階段を下りようとしたのだが、階段の前には先程話していた小夏ちゃんが立っていた。
「へー待っていたのって女の人だったんですね。姉さんの知らないところでこっそりデートなんてナッキーさんって意外とモテるんですね」
意外は余計だ。
「いや別にそういうのじゃないから」
それにしてもなんだ、今日は俺に構ってもらえないからかやけにダルい絡み方をしてくる。ダル絡み女子高生である。
「じゃあ、どういう用事なんですか?」
「どういうって、ちょっと須藤さんと一緒にそこら辺を散歩してこようと思って」
俺の言葉に一度須藤さんの方を見た小夏ちゃんはそれから何故か俺の方を見てニッコリと笑みを浮かべた。
まさかこのパターン、私も一緒に連れていって欲しいとか言い出すやつだろうか。
そう思ってため息を吐けば、予想した通りの出来事が目の前で起こった。
「えー、それって本当にデートじゃないんですか? 信じられないので私も付いて行きます。良いですよね?」
やっぱりそうきますよね。
別に小夏ちゃんと一緒なのが嫌なわけではないが、このままだとあまり須藤さんのためにはならない。だからこそ断りたかったのだが……。
「それは須藤さんに聞いてみないと分からないけど……」
「わ、私は大歓迎ですよ!」
須藤さんは小夏ちゃんの全てを肯定するような勢いで頷いた。
まぁそうですよね、彼女にとっては男の俺と二人きりでいるより小夏ちゃんが来てくれた方が良いに決まっている。
今彼女と行おうとしているこの男性の前だと緊張してしまう須藤さんの体質改善訓練、略して緊張改善訓練は別に男性と二人きりというのを強制しているわけではないのだ。だから彼女が小夏ちゃんの申し出を断れない、寧ろ嬉々として受け入れてしまうのも十分頷けることだった。
「ありがとうございます、須藤さん。私は小夏って言います」
「よろしくお願いします。小夏ちゃん」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」
今回だけは仕方ないかと諦めた俺は須藤さんと小夏ちゃんを連れて、近所の散歩に繰り出した。
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