16.大家ちゃんと本性
大家さんの妹──小夏ちゃんがやって来てから早三日。宣言通り、彼女達姉妹は俺の迷惑も考えず毎日勝手に俺の部屋へとやって来ていた。
「あの、小夏ちゃんからも大家さんに言ってくれないかな。人の部屋に勝手に入るのは止めようって」
「どうしてですか? こんなにも居心地が良いのに」
「そうよ、小夏の言う通りだわ」
この姉妹、一日一回は俺の部屋に無断で侵入しないと死んじゃう体質なのかしら。そんな一軒家の一階と二階を行き来するような感覚でこの部屋に来ないで欲しい。
「そうですか」
最初こそ、小夏ちゃんは結構まともだと思っていたのだが三日経って分かった。彼女もそんなにまともではない。
だってこの状況で何の疑問も抱かないなんておかしいもの。彼女は大家さんがマスターキーを使ってこの部屋に来ている事実にもっと疑問を持った方が良い。
俺がなんとなく呆れたような表情をしているのに気づいたのか、小夏ちゃんはお茶を一口飲んでから俺に話しかけてきた。
「そんな顔しないで下さいよ、ナッキーさん。姉さんの彼氏さんだったらこんなことで動じちゃ駄目ですって」
「彼氏さん?」
「そうです、ナッキーさんは姉さんの彼氏さんですよね?」
彼氏、俺が大家さんの彼氏……。
いやいやいや、どうやったらそう見えるんですかね。
どこからどう見てもそうは見えないだろう。
なんとか言ってやって下さいよと大家さんの方を見れば彼女の顔は今まで見たことがないくらい真っ赤に染まっていた。あれ、大家さん?
「な、な、なにを言ってるの? 小夏。そんな馬鹿な話があるわけないじゃない」
「でも昨日の夜だってナッキーさんの話ばかりしてたじゃん」
「あ、あれはたまたまナッキーの話をしていただけよ。小夏にナッキーという生き物の生態を教えるためにね」
「ふーん、でもこうしてほとんど毎日ナッキーさんのお部屋にお邪魔してるんでしょ? 合鍵だって持ってるし」
「それはただ私が暇だから遊びに……もとい、からかいに行ってるだけで、それにあれはナッキーから貰った合鍵じゃなくてマスターキーなのよ」
この人、よく今俺の前で堂々とそんなことが言えましたね。
「そっか、違ったのか」
「そうよ、全部小夏の勘違い。そもそも私がこんな男に興味を抱くなんてこれっぽっちもあり得ないわ。更に言えば彼のことは人間だとすら思ったことがないわね」
それは流石に酷すぎるんじゃないだろうか。そろそろ心が粉々に砕け散りそう。
しかしそんな俺のピンチに小夏ちゃんは抗議の声をあげる。
「うわっ酷い。それはあんまりだよ、姉さん。確かにナッキーさんは無職だし甲斐性ないし男の人として見れないかもしれないけど、でも流石に人間としては見れるよ」
小夏ちゃん、君も結構酷いこと言ってるから。ガンガンに俺の傷口を広げてるから。優しさに見せかけた悪口だからね、それ。
こういう無意識に傷口を広げてくるところは姉妹で似ないで欲しかった。ダブルで痛いから。
それにしてもそうか、俺ってそんなに男として見られないのか……。美少女と見た目だけは美人な人にそう言われると破壊力が違う。
「そう、確かに言い過ぎたわね。ごめんなさい」
「分かれば良いんだよ、姉さん」
謝る相手が俺じゃないことに関しては最早今更なのだろう。
それにしても困ったことが発生してしまった。というのもなんとなく大家さんに壁を感じるのだ。今は小夏ちゃんが間にいるからなんとかいつもの感じを保てているみたいだが俺には分かる。だって一向に俺の方を見ようとしないんだもの。
恐らく先程の小夏ちゃんの勘違いをまだ気にしているのだろう。全く大家さんらしくない。
「あの、大家さん。今の小夏ちゃんの話は俺も気にしてないんで大家さんもそんなに気にしないで下さい」
「べ、別に気にしてなんてないわよ。そうよ、私が貴方とのことを気にするなんてあり得るわけがないじゃない。勘違いしないで頂戴」
何その、量産型のツンデレみたいな発言。いつもと違って言葉の毒もないし。確実におかしい。いや、それは良いことなのか。
「そういえば私、用事を思い出したわ。一足先に戻らせてもらうけど小夏はここにいて良いわよ」
「ちょっと……」
そう早口で捲し立てた大家さんは俺の言葉に耳を貸すことなく、スッと立ち上がると急いで玄関の方へと向かい、慌ただしく外へと出ていった。
「姉さん……」
どこか寂しげな小夏ちゃんに俺は声を掛ける。
「別に小夏ちゃんが悪いわけじゃないと思うよ。最後に止めを刺しちゃったのは俺なわけだし」
恐らく小夏ちゃんはさっきのことを気にしているだろう。久しぶりに姉と会えた彼女にこんな思いをさせてしまうなんてなんとも自分が情けなく思えてくる。
彼女をどうやって励まそうか。窓の外を見ながら、そんなことを考えていたところで突然大きな笑い声が至近距離から聞こえた。
「……やっぱり姉さん、最高だよ」
笑い声の主はまさかの小夏ちゃん。
フハハハという笑い声は彼女の可憐な見た目に似合わず、酷く禍々しい。
「えーと、小夏ちゃん?」
突然様子がおかしくなった小夏ちゃんに恐る恐る声を掛けると、彼女はニコッと人当たりの良い笑みを浮かべて俺を見た。
「ナッキーさん、ありがとうございます。こんなに面白い姉さんを見るのは久しぶりでした」
面白い? 一体小夏ちゃんは何を言っているのだろう。さっきまで落ち込んでいたんじゃないの?
俺の疑問はどうやら顔に出ていたようで俺の顔を見た彼女はどこかで見たことのある意地の悪い笑みを浮かべる。
「やだな、ナッキーさん。まさか私が落ち込んでると思ったんですか。そんなわけないですよ、寧ろ逆です。やっぱり毎年姉さんをからかわないと夏は終われませんからね」
そう言ってもう一度笑う小夏ちゃんを見て俺は思った。やっぱり二人は姉妹なんだと。
外から聞こえる蝉の鳴き声と部屋の中で聞こえる禍々しい笑い声が混ざり合う中、俺はただ空を眺めていることしか出来なかった。
この姉妹、両方怖いんですけど……。
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