15.大家さんとその妹

「そんなところで何やってるの、姉さん」


 俺と大家さんが戦っている最中、突然黒髪ロングの制服美少女が呆れたような表情を浮かべながら声を掛けてきた。


「あら、小夏こなつ。貴方こそこんなところで何をやっているの?」


 突然の出来事にもかかわらず、戦いを中断した大家さんは特に驚いた様子もなくそう答える。


「……姉さん?」


 そして俺はあの制服美少女が発した『姉さん』という単語に引っ掛かりを覚えていた。

 この中で女性は大家さんだけ、ということはあの制服美少女は大家さんの……。


「姉さん、昨日の電話で今日行くって言ったよね。私はてっきり冷たいお茶でも用意して待っていると思ったのに、まさか男の人と水遊びしてるなんて」

「そういえばそうだったわね。ごめんなさい、すっかり忘れていたわ」

「もう子供じゃないんだからしっかりしてよ」


 もしかして大家さんの……。


「それとこんにちは、その……」

「ナッキーよ」

「うん、ナッキーさん。うちの姉がいつもお世話になっています。私はそこの姉さんの妹、おおなつって言います。十七歳です」


 もしかしなくても大家さんの妹でした。十七歳というと高校二年生くらいだろうか。言われてみれば顔の造形が大家さんにそっくりだ。髪をもう少し伸ばせば大家さんと見分けがつかなくなりそう。


「こ、こんにちは……」


 制服美少女──小夏ちゃんは俺の挨拶に対してニコッと人当たりの良い笑みを浮かべると一度こちらに軽く頭を下げた。何これ、大家さんと違って純粋そうで良い子そう……。


 こうして大家さんの妹である小夏ちゃんの登場により、俺と大家さんの戦いは終わりを迎えた。



◆ ◆ ◆



 各自着替えてから場所を移して俺の部屋、何故大家さんの部屋ではなく俺の部屋なのかという部分については正直なところ俺も分からない。

 ただ俺の部屋でも小夏ちゃんが何の疑問も抱かず寛いでいるあたり、やはり彼女と大家さんは正真正銘の姉妹なんだと認識させられた。こういう動じないところというか、肝が据わっているところはどうやら似たようである。


「それじゃあ改めて紹介するわね。こちらが私の妹の小夏よ」

「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。えーと、なんて呼んだら?」

「小夏で良いですよ。私、あまり堅苦しいのは嫌いなんです。だから私も貴方のことはナッキーさんと呼びます」

「そ、そう、じゃあ俺も小夏ちゃんって呼ぶことにするよ。一応言っておくと『ナッキー』は本名じゃなくて、猫宮夏樹っていうのが俺の名前だからね」


 そう、ここだけははっきりしておかなければならない。いくら小夏ちゃんがまともに見えようと、あの大家さんの妹なのだ。彼女も何本か頭のネジが外れていて、もしかしたら俺の本名が『ナッキー』だと勘違いしているかもしれない。というか『ナッキー』ってなんだ。どこかのゆるキャラですか。


 というわけで名前をはっきりさせれば小夏ちゃんは突然可笑しそうに笑い始めた。


「……そんなの分かってますよ。『ナッキー』が本名とかあり得ないですって。ナッキーさんって面白いこと言うんですね」

「そ、そっか。それなら良かったよ」


 そうか、小夏ちゃんの方はまともだったか。

 まぁ普通に考えてそうだよな。第一印象からしてまともそうだったし。というか大体の人がまともなんだよな。大家さんが特別なだけで。


「そういうわけだから、よろしくお願いするわね」

「ええ、分かりました…………ん?」

「何かしら?」


 なんだ、この違和感は。何かが引っ掛かる。

 大家さんは一体俺に何をよろしくしたんだ?


「その、今のよろしくってちなみにどういう意味で言いました?」


 大家さんが発した『よろしく』の真意を問いただすと彼女はやれやれと首を振りながら口を開いた。


「それはそういう意味よ」


 いやどういう意味なんだよ。


「もう姉さんったらちゃんと言わないと伝わらないって……」


 困り果てていると、ここで小夏ちゃんが助け船を出してくれる。なんと頼もしいのだろう、小夏ちゃん。


「ナッキーさん、姉さんは多分こう言いたいんだと思います。実はこれから私、残りの夏休みは姉さんの部屋に泊まることになるんですけど、ついさっき姉さんにナッキーさんのお部屋の鍵の在処を教えてもらったんです。だからそういう意味でのよろしくのことだと」


 ちょっと待って欲しい。小夏ちゃんに鍵の在処を教えたということは小夏ちゃんでも俺の部屋に勝手に入ってくることが出来るようになったわけで、それはつまり……。


「つまり整理すると、これからは小夏ちゃんもちょくちょくやってくるからよろしくという意味ですか?」

「だからさっきからそう言っているじゃない」


 いやそうは言ってないですから。

 それに今でこそこんな状態になってしまっているが、そもそも俺は大家さんすら勝手に部屋に入ってくることを認めたつもりはない。小夏ちゃんのを認めてしまったら実質大家さんのも認めてしまうことになって小夏ちゃんが去った後もそれが有効のまま……って何それ考えただけでも怖い。


「一応ここ俺の部屋なんですけど」

「それはもちろん知っているわよ。でも貴方のものは私のもの、私のものは私のものでしょう?」


 そんな当たり前のことを言うかのようにとんでもないことを言わないで欲しい。この人、一体どこのガキ大将なの?


「じゃあそういうわけなのでよろしくお願いしますね、ナッキーさん」


 ちょっと待って、小夏ちゃん。確かに俺はイエスと言ったかもしれないが、それは限りなく騙されたイエスなんだ。


「私達、今日のところはお暇するわ。また明日お邪魔するわね」

「お邪魔しました」


 なに? これってもう決まったことなの?

 俺に拒否権はないの?

 トントン拍子で話が進み、気づけば二人は玄関から出ていくところだった。


「あの、ちょっと……」


 俺が手を伸ばすもそこには既に誰の姿もなく、あるのは彼女達から漂っていたフレグランスな残り香だけだった。俺の部屋とは一体なんなのだろう。

 その答えは考えても一向に出てくることはなかった。

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