12.大家さんと隣人さん

 須藤さんが自宅へと帰った頃、入れ替わりで大家さんがこの部屋へとやって来る。大家さんのまるで須藤さんが帰ったのを知っていたかのようなタイミングの良さに俺は少しも戸惑いを隠せていなかった。


「ナッキー、どうしてそんな怖い顔をしているのよ」

「いや、大家さんがあまりにも怖いタイミングで部屋に入ってくるからですよ。まるで俺の部屋の様子でも知っているかのような完璧なタイミングじゃないですか」

「そんなことないわ、偶々よ。私が貴方の部屋に行きたいと思ったタイミングが偶々丁度良かっただけなのよ」


 本当かな。俺って密かに大家さんから監視されてるんじゃないかな。


「とにかくそうことだからあまり気にしなくていいわ。それはそうと須藤さんのお願いはちゃんと引き受けてくれたのね」

「やっぱり大家さん、俺の部屋に何か仕掛けてませんか?」

「何をいきなり、前にも言ったと思うのだけれど私は貴方の部屋にカメラは仕掛けてないわよ」


 ん、カメラは? なんだか妙に引っ掛かる大家さんの言葉に疑問を覚えるが続けられた彼女の問い掛けに全て流されてしまう。


「それでどうなの? 彼女の件は上手くやれそうなのかしら?」

「上手くというか出来る限りのことはやるつもりですけどあまり期待はしないで下さい」

「あら、随分と頼りないわね」

「そう思うんだったら大家さんも協力してくださいよ。俺には大家さんが必要なんです」

「そう、ナッキーはそんなに私のことが好きなのね。でもごめんなさい、私貴方のことは異性として見れないのよ、だからこれからもお友達でいましょう?」

「また告白してもいないのに振られたんですが」

「あら、今のは愛の告白でなくて?」

「大家さんは頼んでもないのに面白いことを言いますね」

「そうありがとう。でも貴方も結構面白いわよ」


 それは俺をからかって遊ぶのが、という意味ですか?


 疲れからかため息を吐くと、そこで大家さんがふと何かを思い出したかのように口を開いた。


「そういえば私、貴方に大事なことを伝え忘れていたわ」

「大事なことですか?」

「ええ」


 大家さんが返事をしたタイミングで玄関の方からガチャリとドアの開く音が響いてくる。恐らく須藤さんが忘れ物でもして取りに来たのだろう。

 それから俺の予想通り玄関の方から姿を現した須藤さんは俺の姿を確認すると先程の大家さんと同じようなことを口にした。


「す、すみません。私、ナッキーさんに大事なことを伝えるの忘れてました」


 二人揃って大事なこと……ってもしかしてこの二人は結婚するのかしらとか今はそんな馬鹿なことを考えている場合ではない。


 俺の第六感が告げていた。これから俺が聞きたくない話を聞くことになるだろうと。

 そしてそれは見事に当たってしまった。


「その、さっき言うのを忘れていましたが、私この前大家さんからナッキーさんの部屋の鍵をもらったんです。なのでこれからよろしくお願いします!」


 そうか、大家さんだけでなくこれからは須藤さんにもよろしくされてしまうのか。俺のプライバシー空間は一体どこに行ってしまったのやら。宇宙の彼方とかだろうか。


「伝えるのを忘れていたのはこのことですか、大家さん」

「ええ、そのことよ」


 俺が大家さんに声を掛けるとつい今まで緊張していた須藤さんが突然驚いた声をあげ、同時にホッと息を吐いた。


「大家さんもいらっしゃってたんですね。大家さん、私ちゃんとナッキーさんにお願い出来ましたよ!」

「そう、偉いわね。流石私が見込んだだけはあるわ」

「へへ、ありがとうございます」


 見込んだだけはあるって大家さんは一体須藤さんの何を見込んだんですか。俺を困らせる素質を見込んだんですかね。


「あの、話が見えないんですが。大家さんはなんでこの部屋の鍵を須藤さんに渡したんですか?」

「あら、ここまできても分からないのかしら」

「はい、全く」


 分からないというか、分かりたくないというのが本心なのだが。


「そう、じゃあ教えてあげるわ。私が彼女に鍵を渡した理由はただ一つ……」

「ただ一つ……」

「単なる好奇心よ」

「おい!」


 理由が軽すぎてついつい心の声が出てしまった。この人は本当に何を考えているんだ。


「そんなに怒らないで頂戴、さっきのは軽いジョークよ。それで本当の理由だけど彼女の体質改善の助けになればと思って渡したのよ」

「つまりあれみたいな感じですか。動物とのふれあい広場みたいな」


 そう、牧場とかで良くある動物達とふれあうことが出来る空間。

 つまりこの部屋は動物ふれあい広場と同じような要領で須藤さんが俺という動物とふれあう空間として解放されてしまったわけだ。

 確かにそうすれば彼女の男性を前にすると緊張してしまう体質もいずれ改善されるかもしれないが、俺の都合を完璧に無視した試みだ。


「貴方、中々面白い例え方をするわね。簡単に言えばそういうことよ」


 ふふっと小さく笑う大家さん。いや、普通に笑い事じゃないんですけど、これ。


「す、すみません。私がこんな体質なばっかりにナッキーさんにたくさんご迷惑をおかけしてしまう形に……」

「いや、須藤さんは悪くないというか悪いのは大家さんというか」

「そうよ、須藤さんは悪くないわ。きっと悪いのはこの世界なのよ」

「何を言ってるんですか……。悪いのは確実に大家さんですからね。勝手に世界のせいにしないで下さい。世界に失礼です」

「私はただ須藤さんのためを思ってやっただけなのよ」

「だったらたまには俺のためも思って下さいよ」

「あら、また愛の告白かしら?」

「え、そうだったんですか!? ナッキーさんは大家さんのことが……全然分からなかったです」

「違います。それと須藤さんもこの人の言うことは信じなくていいですから」


 なにこの疲労感……もしかしてこれから毎日こんなことが続くのだろうか。


「ところでナッキー、私はかき氷が食べたいわ」

「ナッキーさんの家ではかき氷が食べられるんですか?」


 もしそうだとしたら、俺はもう駄目かもしれない。


 かき氷を要求してくる大家さんとかき氷と聞いて目を輝かせる須藤さんを見て、俺は一度ため息を吐いてから立ち上がって冷凍庫へと向かった。

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