第7話 あらざる黒炎


 道の先、うずくまる闇色を見つけた私は歩みを止めた。


 夜の峠道。

 左右は深い山林に囲まれ、月は雲に隠れている。一寸先は闇という言葉を現実に示したかの如き真っ暗闇だ。

 にも関わらず、遠間にうずくまるそいつを視認できたのは、そいつの身を包み込んでくすぶる炎のおかげだった。


 消えかけた篝火かがりびのように、パチパチと細かく揺らいでいる火炎のゆらぎ。

 それは周囲の夜闇よりもなおドス黒く燃える黒き炎。

 闇色でありながら、闇に沈むことのない真黒の闇。確かに輝いているはずのその黒炎は、しかし、それでも周囲を照らすことはない。

 ただ、ただ、包み込んだ宿主の姿だけを、夜闇の中で黒く黒く浮かび上がらせている。


 あの日────。


 廃村の御堂で初めて遭遇した、あの闇の汚泥のごとき怪異……マキナが〝アンダカ〟と呼んでいた怪物も、黒い炎を噴き上げていた。

 そして、あれ以降に遭遇した獣や鬼の姿をした〝アンダカ〟たちも、同様に黒く燃えているモノばかりだった。


 マキナが言うには、あの黒炎こそが〝アンダカ〟である証。この世界のコトワリから外れた〝あらざるモノ〟を焼く烙印の劫火であるという。

 小難しい説法めいた話だが、要するに、黒い炎をまとうモノは、人の世に仇為す災厄であるということだ。

 もっとも、そんなことは黒炎を見るまでもなく歴然だと思う。

 連中は、どいつもこいつも一目でわかる怪物であり、見るに堪えない残酷無惨を繰り広げているのだから。


 今、前方にうずくまって燃えている闇も同様である。


 遠間にうずくまる後ろ姿。

 肩幅よりも大きな異形の禿頭に、でっぷりと膨れた腹回り、そこから伸びる手脚はやけにヒョロリと細長い。その不格好な体型は、地獄絵に描かれる餓鬼に酷似している。

 ただ、地獄の小鬼にしては巨体のようだ。

 夜闇で正確には判じきれぬが、周囲の木々の影から比較するに、座した状態でも私の身の丈を超えている。

 モゾモゾと微かに動きながら、骨肉を咀嚼そしゃくする不快な音を奏でているそれは、あたかも巨熊が獲物を貪っている様相だ。


 そして、それは概ねその通りの状況なのだろう。


 夜風に運ばれてくる臭気は濃い血の臭い。あの日の御堂に同じく、そしてそれ以降とも同様に、コイツらはたいていが、人間を襲って貪り喰ってばかりなのだ。


 私は、腰の刀に手を伸ばす。

 左手で鞘口を握り、右手を柄に添え、極端な前傾に伏せて身構える。

 真結月まゆづき封韻ほういんりゅう靱狼じんろう〟の型。

 瞬に間合いを詰めて、抜き打ちを叩き込むことに特化した突撃の構え。


 たわめた四肢に力を蓄えながら、両の眼を見開いて、彼方の敵を凝視する。

 夜闇に淡く浮かび上がる巨躯の餓鬼。

 しかし、光源の無い周囲の景色は闇に沈んだまま。路脇の木々の位置も、道の様子も、その道幅すらも、朧気おぼろげにしか見て取れない。

 足場の状態も障害の有無も定かに捉えられない。

 そのような中で斬り込むなど無謀である。


 だから、待った。


 感じる風の流れ、微かに見える夜空の濃淡……計算では、あとひと呼吸の後に、月明かりが顔を出す。


 大きく深い息吹を、ひとつ。


 あやまたず、雲の切れ目から降った月光。

 淡い銀光が夜闇を払い、周囲の光景を照らし出す。


 私は両の眼を見開いた。


 照らし出された景色を……この場の周辺情報を眼に焼き付けるように凝視する。道幅、木々の位置、角度、距離……それらを即座に脳裏に展開し、これから取るべき動きを組み立てる。


 敵は強靭にして人ならざる怪物。

 対するこちらは、脆弱なる人間の剣客。

 一撃でも打たれれば骨身が砕け、ひと撫でされれば肉が千切れ飛ぶ。


 相手が構えるよりも前に肉薄し、相手が触れてくるよりも先にこちらの殺撃を叩き込まねばならない。


 その為の〝式〟を組み上げ、計算する。


 やがて算出し終えた私は、大きく息を吸い込み────。


 直後、撓めた両脚の力を一気に解放して飛び出した。

 餓鬼との間合いを全力で詰めるために、駆ける。

 真っ直ぐに……ではない。

 左斜め、月光に垣間見た道幅、そのギリギリの経路で迅速に駆け込みながら、刀の鯉口こいぐちを切った。

 直ぐに左手を開き、横薙ぎの抜き打ちを放つ。

 間合いはまだ遠い。ここで刀を振っても敵に届きはしない。そもそも納刀状態を維持したままで放ったこれは斬撃ではない。

 鞘を飛ばすための所作だ。

 振り切った勢いに乗って鞘は刀身を滑り、撃ち出されるように右方へと飛んで行く。


 コォーン……と、高らかに響いた音。あやまたず飛翔した鞘が、右方に生えた木の幹にぶつかった音。

 うずくまっていた闇色の餓鬼が、ビクリと身を起こした。

 牙を剥いて振り向いた紅い凶相が睨むのは、当然のように鞘が木を打った方向。

 

 正反対……すなわち餓鬼の背面から踏み込んだ私は、超低空に滑り込みながら、巨体を支える細い脚部を斬りつけた。


「……ッ!?」


 返ったのは、硬い金音と、石灯籠いしどうろうでも斬りつけたような手応え。


 斬れぬ……!


 瞬時にそう判断し、剣柄の握りを緩めて衝撃を逃がす。

 餓鬼がこちらに向き直ろうとするのに先んじて、なお背面に回り込みながら転身した私は、身を起こし様に太刀をひるがえす。


 斬光が、餓鬼の背面を斜めに斬り上げた。


 しかし、返ったのは同じく硬い音と手応え。摩擦の火花が夜闇に弾ける中、餓鬼は衝撃によろけはしたものの、その背には微かな傷が走るのみ。

 私は焦燥に歯を食い縛った。


 この餓鬼の表皮は岩の如く、まともな斬撃では通らない……!


 ならば────!


 私はさらに身をひるがえしながら左手を差し上げ、そこに降ってきた物をつかみ取る。木にぶつけて宙に跳ね飛んでいた鞘だ。

 私は鍔鳴りも高らかに刃を鞘に叩き込む。

 餓鬼が醜い唸り声を上げながら、今度こそ背後の私に向き直ろうと獰猛に身を捩る。巨体の重心が片足に掛かった刹那、私はその膝裏を踏みつけるように蹴り込んだ。


 体幹のきょを衝かれ、さしもの巨体もグラリと仰向けに傾く。


 時すでに、私は両手で握り締めた太刀を、納刀したままのその鞘先を、足下の地面に思いっきり突き立てていた。


 私は呼気を鋭く、両脚で地を踏み締めた力を螺旋に練り上げる。


 土を抉り地に突き刺さった鞘込めの太刀。

 それを逆袈裟ぎゃくけさの太刀筋で斬り上げようと、剣柄を握る両手に全力を込める。

 地に固定された鞘が抵抗に軋んだのは数瞬、斬り上げる力を抑えきれなくなった地面は大きく爆ぜた。


 かせが消え、ごうと加速した一閃。


 鞘込めの刀身が円月を描き、今まさに倒れ込もうとしていた餓鬼の頸部を凄絶に打ち上げた。

 確かな手応えと、響いた破砕音。

 しかし、なおも私は斬り上げる動きを止めず、鞘越しに叩きつけた剣を振り切る形でグルリと転身する。

 必然、刃は勢い鞘走った。

 抜き放たれた白刃は再びの円月を描き、瞬に斬り上がって餓鬼の頭部を天へとね飛ばした。


 封韻流抜刀術〝狂輪ぐるわ残月ざんげつ〟────。


 鞘打ちから抜刀術へと繋げる回転二連撃。

 反発力を利用した鞘打ち〝狂輪〟で守りを砕き、その勢いを繋げて放つ両手での豪速抜刀撃〝残月〟で骨身を断ち切る。

 重武装の相手や、軍馬を制圧する為の刀術だが────。


「…………」 


 頭部を失った餓鬼が、ひときわ黒く燃え上がる。

 黒炎に包まれた異形は、完全に地に倒れ込むその前に灰燼かいじんも残さず燃え尽きた。

 同じく空に咲いた黒炎の火花は、刎ねた頭部が燃え尽きたものだろう。


 衝撃で吹き飛んでいた鞘が地に落ちる。

 ガラン……と、重い金属音を立てたのは、現に鞘が金属部品で補強されているがゆえだ。

 拾い上げて見れば、その強化鞘には豪快なヒビが入っていた。右手の太刀も同様に、刃は盛大にこぼれし、刀身の腰は伸び、柄も目釘も砕けてガタついていた。


 さて、この在り様は、あの餓鬼の硬さだけが理由だろうか……?


 込み上げた焦燥めいた何かをグッと呑み込むように、私は深い息吹を数度繰り返す。


 何にせよ、相手がザコで助かった。

 初太刀を弾かれた時には大きく〝式〟が乱れたが、まあ、誤差の範疇で収めることができた。

 形だけでも人や獣の道理が通じる肉体ならば、どうにか対処しようもある。人知の道理を超えたモノ……あの不定形の闇の塊の如き〝アンダカ〟が相手では、


「……まあ、それ以前に、刃が通じぬのだからどうしようも無いか……」


 自嘲もあらわに呟いて、私は周囲を見やる。

 雲が流れ、降る月明かりに照らされた周囲の景色は、惨憺たるものだった。先の餓鬼の如き〝アンダカ〟に喰い散らされた骸……喰い残された部分から見るにまだ年若い男のようだが、欠損が激し過ぎてそれ以上は判じきれない。


 半分囓り取られた血まみれの生首……その恐怖に歪んだ形相の前にひざまずいた私は、深い溜め息をひとつ。


「間に合わず、申し訳なかった……」


 手を合わせて、謝罪する。

 それから、近場に手頃な大きさの木がないかを探した。根元を掘って骸を埋葬するためだ。

 ここは街道からは大きく外れた山道だ。放置したままで、なお獣に貪られたり、腐敗して朽ちるよりは、形だけでもとむらう方がマシであろうと思ったのだ。

 納刀した刀をすきの代わりに使う。どうせ、もうこの刀も鞘も使い物にはならない。なら、最後にひと働きして貰おうか。


 やがて手頃な木を見つけ、その根元に鞘を突き立てた時だった。


「トウジロウは、良くわからないことを、するのだな」


 綺麗なだけの声が、背後から呼び掛けてきた。


「死者を弔うのがおかしいか?」


 私は振り向かぬまま、穴を掘る手も休めず問い返す。

 あの御堂での闇の異形を始め、〝アンダカ〟に対するのはこれでもう四度目だ。

 いつも犠牲者は骨片も残さず貪り喰われていて、血痕が散らばるばかりだった。が、今回は骸が残っているのだ。

 ならば、弔うのが人の情だろう。

 それとも〝ヒジュラ〟と〝びるしゃな〟では、死者へのいたみ方が違うのだろうか?


 だが、背後から応じたマキナの返答は、無感動ではあるが、無情では無かった。


「死者を弔うのは、オカシクない。道に骸を放置されたままは、死者が哀れだ。それは、わたしも、そう思う」


 なら、何がおかしいのだ?


「オカシイのは、トウジロウ、あなたの目的ではなく、方法だ。剣は、剣士の魂ではないのか?」


 抑揚の無い、淡々とした声音……だが、きっと不思議そうに小首をかしげているのだろう。

 その程度は、言葉面だけでもわかる。

 だから、私が穴を掘る手を止めたのは、マキナの疑念がわからなかったからではない。


 その疑念は実にもっともだと納得し、その上で、そのもっともな事実を失念していた自分に気づいたからだ。


 鋤の代わりに土に打ち込んでいた鞘込めの一刀に眼を向ける。

 鞘はヒビ割れ、刀身は毀れて歪み、柄も損傷している。もう刀として要を為さない、いわば、死んでしまった太刀。

 ほんの半月ほど前に、間に合わせで調達した数打ちの無銘刀だ。特に業物でもなく、愛刀という程に使い込んでもいない。


 それでも、剣士にとって、剣は特別なのだ。


〝────剣士が剣を失えば、為せる何事のあるものか────〟


 だというのに、その要である剣を、もう用済みだからと粗雑に扱う。それは、剣士にとっては、哀れな骸を道に放置するのと同じく、恥ずべき行為であるはずだ。

 なのに、自分はこの剣を、せめて最後に骸を弔う役に立てと、乱暴に地面に突き込んだ。


 イラ立ちながら、鋤代わりに用いた。


 私は────。


「そうか、トウジロウ……」


 マキナが得心したように頷いた。

 抑揚の無い声音は相変わらずなのに、得心して頷いたのだとわかった。

 振り向いて見れば、マキナは確かに頷いていた。


「あなたは、その剣の弱さが、ゆるせないのだな」


 紅い瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめて告げる。

 何を言っているのか? 今度は私の方が良くわからなかった。


「剣の弱さが、赦せない?」

「そうだ。その剣は、あなたが振るう、あなたの剣として、弱かった。あなたの力に応えられなかった。それが、赦せなかったのだろう?」


 仕方の無いヒトだ……と、まるで癇癪かんしゃくを起こしたわらべをなだめるように、マキナは優しく微笑んだ。


 ……いや、微笑んではいない。表情はほとんど変わっていない。


 ただ、紅い双眸が少しだけ細められ、声音が微かにゆるんだような、そんな気がしただけだ。


 だが、言われてみれば私は、この刀がもっと業物であれば……と、そう思っていた気はする。


 剣士が、携えた得物に物申すのは未熟の証。


 そう思っているし、その通りだと思う。


 だから……そうだな。

 

「剣の弱さを赦せぬ自分が、まず赦せないとは思う」


 剣聖なれば、いかなる剣であろうと使いこなして然るべきだ。

 それでこそ剣聖であり〝帝の剣〟だ。

 そう応じた私に、マキナはハッキリと首をかしげた。


「だが、現実のコトワリとして、普通の刃で〝あらざる黒アンダカ〟を斬るなどオカシイことだ」


「私は斬った」


「そうだ。だから、トウジロウはオカシイ」


 マキナの淡々とした指摘に、私は思わず睨み返す。

 途端、紅い瞳が焦りに揺れた……気がした。


「あ、オカシイは、間違いだ。そういう言葉ではない。わたしが言いたいのは……違うのだ。……そう、わたしは、トウジロウ、あなたのように強いヒトを、見たことがない」


 マキナ・ラクシュマナはそう言った。


 私が……強い?


 それこそ、おかしな評価だ。

 私はあの黒き闇に歯が立たず、呑み込まれようとしていた所を、このマキナに助けられた。

 そして、月夜の河原でマキナに挑み、完膚なきまでに翻弄され、ひと太刀もかすらせることなく一方的に叩き伏せられた。

 そんな私に対して〝強い〟という評価。

 普通は皮肉であり、嫌味の類であろう。

 しかし、この白い女は、そういう腹芸とは無縁だと思われた。ならばそれは正直な評価であり、賞賛であるのかも知れない。


 実際、彼女は言っている。


 強い……と。


 真結月冬次郎よりも強い人間を知らない。

 そういう意味であり、しこうして、このマキナ・ラクシュマナという女は、人間とは違うということなのだ。


 それは改めるまでもない。

 人間は、光の華を咲かせ、それを足場に宙を舞うなどできない。光の花弁を操りぶつけて敵を討つなどできない。

 光放つ斬撃で、巨大な闇の怪異を両断することなどできはしない。


 人間は────。


「……どうした? トウジロウ」


 ジッとその白貌を睨んでいたせいだろう。

 気がつけば、いぶかしげに小首をかしげたマキナが、上目づかいに私の顔を覗き込んでいた。

 互いの睫毛まつげの数が見て取れるような間近から……だ。

 寸前まで六歩は離れていたはずだ。いつの間に間合いを詰められたのかわからなかった。

 ジッと見つめていたのに、全く意に捉えられなかった。


 神威の魔剣士────。


 視界の端、舞い散る光の花弁を斜に睨みながら、私はややウンザリと深い溜め息を吐き捨てる。


「私より強いヒトを知らぬと言うたな?」


「うむ、あなたは、とても強いヒトだ」


「真結月冬悟よりもか?」


「…………」


 マキナの紅い瞳が、微かに見開かれた……気がした。


「……私は強いのだろう? なら、我が父である冬悟よりも強いのか? 父を斬ったオマエならわかるはずだ」


「……う……む、そう……だな……そう、あなたは、父君よりも強い……と、思うぞ? うむ! 父君と戦ったわたしが、保証しよう!」


 マキナの返事は曖昧で言い淀みながら、露骨に語気を強めて結ばれた。

 見れば、色素の薄い唇が微かに震えている。

 彼女がこんなに動じているのは珍しい。本当に、この女は腹芸や誤魔化しが苦手なのだろう。


 だから、まあ、だいたい了解した。

 要するに、十代目の剣は、九代目に及んではいないということだ。

 

 元より、私は己の未熟を思い知っている。それに、この女が、わたしを気づかってあのように言ったことも理解している。


 それでも、事実は曲がらない。


 私は確かに、ヒトとしては強い部類に入るのだろう。


 だが────。


「私は、剣士として、あなたの足もとにも及んでいない」


 マキナ・ラクシュマナの剣には勝てない。

 その事実を、この半月間で思い知っている。彼女に同行し、その戦いを目の当たりにして、骨身に染みている。


 例えば、先ほどの餓鬼もそうだ。

 私が不意を衝いて急襲し、執拗に背後を取り続けた果てに、刀をオシャカにした上でようやく討ち倒した異形。


 だが、マキナであれば、あの程度の怪物は一刀の元に斬り伏せていただろう。

 現に、これまでもそうだった。

 遭遇した異形の〝アンダカ〟たち。

 それを相手に、私が全身を研ぎ澄まし、全霊で挑みながらも返り討たれて地ベタに倒れ込む度、マキナが光を撒き散らしながら割って入り、その白い斬光で一刀に斬り伏せていた。


 まったくもって、無様な話だ。


 だが、今宵は初めて私ひとりで〝アンダカ〟を仕留めることができた。


「私は、オマエより弱い。今はまだ……な」


 今はまだ、それは負け惜しみでしかない。


 だが、今はまだ……だ。

 だから、いつか必ずそこに届いて見せよう。


 私は白貌に背を向け、墓掘りを再開する。

 土を掘る両手が思わず力むのは、己の弱さへのイラ立ちと、相手の強さへの焦燥と嫉妬…………内にわだかまるそれこそが剣士として未熟たる証なのだろう。つくづく、無様な話だ。


 なのに、何をどう履き違えたものか?


「うん……トウジロウ。やはり、あなたは良い。とても、良いな」


 背後の白い女は、嬉しそうにそう言った。

 声音は相変わらず抑揚無く淡々としていたけれど、なぜだか嬉しそうだと、そう感じた。


 振り返れば、こちらを見つめている美しい白貌。

 美しいが、ただそれだけの、能面のような無表情。


 だから、嬉しそうと感じたのは気のせいなのだろう。

 あるいは、そうであって欲しいという私の願望だったか……?


 私は自嘲を抱きながら、鞘先を土に突き込んだのだった。

 


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