第4話 人知の外より這い寄るモノ
朝廷から不穏分子の掃討令がくだったのは、その夏のことだった。
大陸の
かつて父・真結月冬悟が特使の護衛として出向いた異国。父の失態と愚行により、あの時の特使は帰路にて殉死したものの、外交その物には大きな滞りはなく、以後も我がヒジュラ国からは定期的に特使を送り、貿易上の交流も行われている。
そして此度は、その〝びるしゃな〟側から初めて特使が渡来するのだ。
それを迎えるに当たって、不穏分子を処理すると共に、この国の治安と帝の統治の優れたるを示す目的で、都とその近郊での掃討令がくだされたのである。
発令は国賓を迎えるわずか半月前のこと。
いかにも忙しない、
大規模な軍事派兵であり、朝廷直属の旗本衆はもちろん、真結月家にも御呼びが掛かった。
都に潜んだ反乱分子を始め、周辺の野党団はもちろん、流民や飢民たちの集う非正規集落も、これを機に一斉対応すべしとなったのだ。
我らが帝が治める、この東方列島国〝ヒジュラ〟────。
その統治は長きに渡るものの、絶対ではない。国内には多くの大名諸侯が居り、代官が居る。
それぞれの所領を治める権限を認可しているのは、国主たる帝の威光であるものの、実質の統治は各地の長が自治しているというのが現状だ。
なれば、帝に取って代わろうと目論む諸侯も現れ、現に挙兵する者も居り、さすれば戦乱が巻き起こる。
数年に一度は、国のどこかで小競り合いを繰り返していた。
乱が起きれば、人は死に、土地は荒れ、巻き込まれる民も増える。
文字通りに、国が乱れる。
遠い昔の群雄割拠の戦国期には比べるべくもないものの、この国の情勢は、手放しで平和を誇れるものではない。
武士や剣士の仕事は、一向に事欠くことがないのだ。
乱と平定を繰り返していれば、戦火に焼かれた土地の全てを復興する前に、次の乱が起きることもある。新たな事案対応に追われて、戦災処理に手を回せない場所も出てくる。
そのように放置された戦場跡地たる廃墟群は多くあり、それらはやがて流民が集う貧民街となり、あるいは野盗が住処としたり、反乱分子が拠点としたりと、ろくなことになっていない。
そんな政治的にも国防的にも頭痛の種でしかないものは、だからこそ今回の掃討令において、最優先に対処する要素だった。
今回の掃討令に該当する廃墟群は大小二十は下回らない。
事は、概ね順調に進んだ。
野盗団や盗賊団、それに準じた浪人衆などは捕縛、あるいは殲滅した後に解体。飢民や流民は保護し、行政官を派遣して、現地を正式な集落として体裁を整えつつ復興する……いずれの地の処理も、それが大まかな流れだった。
辺境諸島はともかく、近年は本土で大きな乱は起きていない。数年前に南の旧イガワ領にて百姓一揆が起きたものの、規模も小さく、早期に鎮圧が成った。
国力は蓄えられている。
その上で、朝廷が本腰を入れて兵力を割いたおかげで、周辺地域の平定は次々と成り、国賓来訪の期日までに、ほとんどを処理制圧できた。
そう、ほとんどだ。全てではない。
私が属し、嘉見条政孝殿が率いる軍勢は、南方地域の制圧を引き受けていた。最初に落とした野盗団の拠点に陣取り、そこから担当する各所に部隊を派遣し、制圧平定を完了していった。
だが、一隊だけ、一向に制圧完了の報せが来ない部隊があった。
都の南西、山岳地帯の奥にある廃村に向かった部隊だ。
現地に大規模な賊や、まして反抗勢力などの存在は確認されていない。なれば、流民の説得や誘導に手間取っているものと思われた。
しかし、さらに数日が過ぎても帰隊はせず、進捗の伝令すらも来ない。
元より余裕のない強行策である。猶予はない。
業を煮やした嘉見条殿が、自ら出向くことを決めた。
直ぐに揃うだけの兵を率いて早速に発ち、強行軍で進み、その道行きの半分ほどを超えた夜半過ぎのこと。
行く手から、騎馬が駆けてきた。
単騎であり、朝廷軍の装備を纏っている。どうやら、件の部隊からの伝令役がようやく現れたのだろう。
鬼気迫る様相で駆けてきたその伝令役は、我らを確認するなり、大声で指揮官への目通りを願い出てきた。
なれば、先陣を進んでいた嘉見条殿が応と名乗り出たのであるが……。
「増援要請……?」
嘉見条殿が
「ハッ、すでに兵の半数近くを失っておりますれば……!」
件の廃村方面に向かった部隊は百名余。盗賊団ごときに遅れを取るとは思えない。ならば、よほど大規模な反乱軍でも隠れ潜んでいたのか?
「敵は軍勢か? 数は?」
「……不明です」
嘉見条殿の問いに、伝令役は伏したままに応じる。
不明? 不明とはどういうことなのだ?
私が抱いた疑念は、当然、嘉見条殿も抱いたことだろう。
「オヌシたちは、敵と交戦しているのではないのか?」
鋭く問い質す。
対する伝令役は、いかにも困惑した様子で首を振った。
「……それが、その……我々は…………」
伝令が狼狽えながらも語った内容は次の通りだ。
当該の廃村には、二十名ほどの野盗が棲み着いていた。部隊はすぐに掃討戦を開始。わずかな負傷者は出たものの、すぐに勝利を収めたという。
必然だ。
百の正規兵が半分以下の賊に遅れを取るわけもない。
嘉見条殿が不信の色濃く伝令役を睨んだ。
「……それで? なぜ増援要請なのだ? よもや賊を仕留めきれず、逃げられでもしたのか?」
で、あるならば、赦し難き失態である。
所在不明に領内を
だが、おそらくそういうことではあるまい。
この伝令役は言った。兵の半数を失ったと……ならば、別の危難が起きたのだ。
私の懸念のままに、伏した伝令役は上擦った声を張り上げた。
「いえ、そのようなことは! 殲滅処理は滞りなく! ですが……」
この夏日である。斬り捨てた賊の遺体を放置すれば、すぐに腐敗して病の気を放つ。とはいえ、二十余名の遺体だ、埋葬するにも容易ではない。なので、まずは遺体を屋内に移して集め、建物ごと焼き払おうと試みたそうだ。
「ふむ、妥当だな」
嘉見条殿が得心して頷く。
単純に死体だけを焼いても、中々燃え尽きてはくれぬ。今回は領内浄化を目的とした掃討戦ということで、そのための油の類も用意しているが、
家屋ごと燃やせば更に火勢を確保できて効率も良いというもの。どうせ、朽ちた建造物は取り壊すのだ。
実際、各方面軍も同様の手段を取っているはずだった。
「大きな木造の御堂がありましたので、そこに運び込みました。数名が焼却のために屋内で作業し、残りは廃村内を見回っていたのですが……」
本隊が見回りを終えても、未だに火が上がらない。焼却作業に当たっていた兵士も出て来ない。
不審に思い、部隊長が堂内に呼び掛けた。
返事はなかった。
折しも昼時、真夏の強い陽差しの中でのこと、ポッカリと空いた御堂の入口は黒く陰って、中の様子は窺えない。もちろん、入口に立って覗き込めば別なのだろうが……。
部隊長はそれをしようとはせず、兵のひとりに確認させた。
危険があるかも知れぬ場所に、指揮官が真っ先に出向いてやられては元も子もない。
入口に立った兵士が御堂の闇を覗き込んだ。
瞬間、兵士は闇の中に呑み込まれて消えた。
悲鳴どころか、物音ひとつしなかったという。
呼び掛けたが、やはり、返事は無かった。
部隊長は、内部に害敵有りと判断。御堂を包囲した上で、三十名を中に突入させた。
武器を手に、臨戦態勢で飛び込んだ兵士たち。
喧騒は、すぐに途絶えた。
その時点で、指揮官は御堂に外から火を放つことを決めた。
だが、中に潜んだ脅威が討って出てきた時に備え、増援を待ち、万全の包囲の元で仕掛けるべきと判断し、この武士を伝令に走らせたようだ。
「堂内でいったい何が起きているのか……ウカツに覗き込めば、また引きずり込まれるやも知れず……仮に、火を放って片付けば良し。ですが、もしもそれで済まなかった時の為に、一刻も早く、この事態を伝えるようにと……!」
呻く伝令役の顔が汗だくなのは、強行軍による疲労だけではあるまい。むしろ、その心胆を寒からしめている未知への恐怖ゆえだろう。
伝令役の言う通りだ。
何が起きているのかわからない。
ならばこそ、放置するのは有り得ない。
踏み込まずに外から焼き払うのは賛成だ。
同時に、部隊長の懸念にも同意する。
相手は、三十名の兵士を瞬時に黙らせる何かだ。討って出られた場合、七十の兵士で迎え撃てるかは疑問だ。
至急の増援が必要、それは明白だった。
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