第2話 ヨッシー

 その日、今日の公園一番乗り競争は僕の勝ちだろうと駆け込むと、滑り台には一人の少年が座っていた。 

 見たことのない顔で、同い年か1こ上ぐらいの色白のなよっとした子だった。

 ここらへんには学校は1つしかなく学校に通っていれば顔ぐらいは知っているはずで、しかもその公園はよその地域からわざわざ遊びにくるほどの大きさでもなかった。

 この子は誰だろう、どこからやってきたんだと見ていると、僕に気づいた彼がにこりと笑い、近寄ってきた。



「一緒に遊ぼう」



 僕はとまどった。

 僕らが公園で遊んでいるところへ「まぜて」って言ってくる子たちは今まで何人もいたが、ゆいちゃんは決まって彼らを拒絶した。彼女は不機嫌な顔をして「今日は別の場所で遊びましょう」と、その子を無視して公園をでていき、僕らもゆいちゃんを追いかけ、ぐるりと公園の外を一周して、その子が諦めていなくなったところを見計らって公園に舞い戻るのだ。

 彼女は大人には愛想良く振る舞ったが、子供に対しては冷たくあしらうことが多かった。なんでも劇団にいたときにいじめられたトラウマがあり、己の支配下にない子にかなりの警戒心を持っていた。

 なので彼に遊ぼうと言われたところで僕には決定権はなく、どうしようかと悩んでいたらタイミングよく、ゆいちゃんが公園に来た。

 彼女は見知らぬ少年を見かけるや、説明を求めるようちらりと僕を見た。 



「一緒に遊びたいんだって」



 僕がたじたじになって答えると彼女は、ふうん、という顔をした。



「いいわよ、一緒に遊んであげても」



 いつもみたいに断るだろうという僕の予想は外れ、びっくりしてゆいちゃんを見ると、彼女は小首を傾けてにこりと笑いポニーテールを揺らした。


「だってルイに似ているんだもの」

 

 ルイは当時流行っていた少女マンガにでてくるキャラだ。

 ゆいちゃんもはまっていて、僕に「絶対読みなさい」と全巻渡してきたことがある。

 主人公の女の子が同級生の4人の男から熱狂的に迫られるストーリーでその中の一人の、色白で線の細い男に確かに彼は似ていた。

 

 いくらゆいちゃんの決定とはいえ僕は不満だった。ゆいちゃんがそいつに関心を寄せているのがはっきり分かってモヤッとしたし、いつもの日常に異物が入り込んできたようにも思えた。後から遅れてやってきた3人も同じ気持ちを抱いていたに違いない。みんな顔をむっとさせてその少年を敵対視していた。


 けれど、ケードロが始まったら流れは変わった。

 ヨッシーがケイサツ側になるや、ひょろひょろの外見からは想像できない俊足であっという間にドロボーたちをみんな捕まえたのだ。

 子供時代、なにより重要視されるのは運動力だ。

 足が速ければ鬼ごっこ、反射神経があればドッジボール、瞬発力があればサッカーでスターになれる。

 その子といれば勝利の快感が味わえるというのは実に魅力的で、〝遊びを制する力がある子供〟のもとには自然と人は集まるものだ。

 それに彼は偉ぶらず嫌みがなくにこにこ笑っていて、たとえ負けてもまぁいいかと思えるところがあった。

 一緒にいるうちに、もとから6人で遊んでいたと錯覚を覚えるほど、その少年はあっという間に溶け込んでいた。

 それがヨッシーとの出会いだった。




 ヨッシーは不思議な少年だった。本名は知らない。


 「なんでヨッシーはヨッシーなの?」


 と僕が聞いたら


 「なんでって君がつけてくれたんじゃないか。始めて会ったときに僕が緑色のTシャツを着ているのを見た君が、『その色ヨッシーっぽいから、君ヨッシーね』って言ったんだよ」


 と言われ、そんなことあったっけと頭をひねっても記憶にはない。

 でも、ゆいちゃんが「そうよ、覚えていないの?」と言うものだから、小さな違和感を抱えながらもそうだと思い込むことにした。



 ヨッシーはいつでも滑り台に座って僕らを待っていた。

 どれだけ速く公園へ行っても先を越されてしまうため、もしかして学校に行っていないのと聞くと、そうだよ、親の仕事の関係で短期間この土地にいるだけだからと言っていた。

 

 晴れの日には公園で一緒に遊んだ。

 けれど雨の日は、彼がどこで何をしているのか分からなかった。

 というのも雨だったら誰かの家でテレビゲームをして遊ぶのだけれど、ヨッシーは学校にいないから約束できず、ザアザアぶりの中わざわざ公園には行かなかったからだ。大雨の日でもヨッシーが滑り台で待っている姿を思い浮かべれば、おそらくそうだろうとどこか確信めいたものがあった。 

 遊んでいる最中にぽつぽつと雨が降り始めた時、ゆいちゃんが「これから私の家に行きましょう。もちろんヨッシーもよ」と誘ったことがあったが、ヨッシーはゆいちゃんの家の玄関のそばまで来て「ごめん、やっぱ無理」と言って中に入らず逃げるように走り去って、僕らをぽかんとさせたこともあった。

 玄関にあったのは観葉植物ぐらいでどうして直前に彼がそんな行動をとったのか後から聞いても話を濁すだけで結局分からずじまいだった。

 ゆいちゃんはヨッシーが途中で帰ってしまったのが相当ショックだったのか、すべてはその観葉植物のせいだと決めつけ、次に行ったときには置かれていなかった。 


 ヨッシーにまつわる奇妙な話はあれこれあげればきりがないけれど、やっぱりどこか違うと感じたのは、なんといっても変なお手伝いさんがいたことだ。  


 ヨッシーに初めて会った日のこと、17時のチャイムが鳴り、さあ帰ろうと公園の入り口を見ると、髪が腰まである女性が立っていた。

 顔にはまるで表情ってものがなく、まばたきどころか呼吸もしていないんじゃないかと思うほど微動だにせずこちらを見つめていて、始めて彼女を見たときは何か得たいの知れないものがそこにいると感じぞっとした。


 公園に不審者が来たと身構え、すぐにでも防犯ブザーを鳴らそうとしたら、隣にいたヨッシーが「僕の迎えがきた」と言って彼女のそばにより、じゃあまた今度と手を振って近くに停めていた車に乗り込んで行ってしまったため、残された僕は周りから何してんのと言われる始末だった。 

   

 彼女はいつでも17時になると、公園に音もなく立っていた。一体どこから来るのか分からず、現れる瞬間を見てやろうとずっと注意して入り口を睨んでいても、瞬きしたら、そこにいた。

 


「あの人、ヨッシーのお母さんなの?」


 どうにも彼女のことが気になって僕が聞くと、ヨッシーは眉をつりあげ驚いた顔をした。


「そんな訳ないじゃないか。お母さんじゃなくて、ドレイだよ」


「え、ドレイってあの奴隷? マンガとかにでてくる?」


「あ、間違えた。お手伝いさんだよ。僕の両親、いつも忙しいからあの人に世話してもらっているんだ」


 あの人、というヨッシーの顔にはどこか邪険にしているような感じがったけれど、すぐにいつものにこにこ顔に戻った。



 僕はそのお手伝いさんが苦手だった。

 挨拶してもまったく返事をしない。聞こえているはずなのにわざと無視しているのだ。

 大人には「挨拶したら返すのが礼儀」と教わっていたのに、当の大人でやらない人がいるなんてものすごく衝撃だったし、それに僕らのことを見下しているようだった。


 ヨッシーとは釣り合わない人間たち。

 そんな感情が全身からひしひしと伝わった。  

 

 これまた不思議なことに、僕以外の子は特にお手伝いさんを気にしている様子はなかった。

 ヨッシーのお手伝いさん、変だよね、と言っても、誰もがそう? という感じで相手をしてくれず、かえってヨッシーの悪口を言ったとゆいちゃんに受け取られ怒らせてしまって以降、僕はそれ以上話題にだせなかった。


 ゆいちゃんはいつだってヨッシーのそばにいたがった。

 ヨッシーの言うことにゆいちゃんは「それは、いいわね」と絶対頷くもんだから、ゆいちゃんに従う僕らのグループの主導権をにぎるのは、自然の流れでゆいちゃんからヨッシーに変わっていた。




 そんなヨッシーのことを僕はどこか一歩離れてみていた。彼も僕がそう思っていることに気づいていたのだろう。

 


「前から聞きたかったのだけれど、もっくんってさ、どこか僕と距離をとっているよね。どうして?」


 ヨッシーに面と向かってそう聞かれたのは出会って一ヶ月たったころ、隠れ鬼をしている最中だった。


 いつものお気に入りスポットに隠れてあたりを伺っている時に、ヨッシーがやぁと現れたのだ。今まで誰にも見つかっていなかった場所だけに、びっくりしてしゃべれずにいる僕をよそにヨッシーは、ここは良い場所だねと隣に座るや不意に聞いてきたのだ。

 

 変なところがいっぱいあるからとは直接当人には言えず、かといって誤魔化せる雰囲気でもなく、仕方なく僕はまだゆいちゃんにさえ伝えていないことをしぶしぶ話すことになった。

 

 

「僕、8月に引っ越しするんだ。だから、仲良くなっても別れるのが辛くなってしまうと思っていたところがあったんだよ」

 


 事実だった。ヨッシーに出会ってすぐに聞かされた話だ。

 僕の父は根無し草で一つの場所にとどまれない性格なうえ、資格持ちなためどこでも働けたから引っ越しはしょっちゅうだった。さすがに兄が中学に入るころには落ち着いたが、しばらくは年の数よりひっこしの回数が多かったほどだ。

 母と兄は諦めていたけれど、僕にとってはあれこれ自分で考えられるようになってから初めてのことだっただけにショックは大きかった。

 みんなと別れたくないと泣いて訴えたけれど、そんなことお構いなしにどんどん家に段ボールが積み重なっていき、物が減り変わっていく家の様子に、何をしたところでもうどうしようもないのだと分かってしまって、でもみんなに伝えてしまえばわずかでも変えられるかもしれない未来を決定的なものにしてしまうと思い言えなかった。

 

 変わらないと思っていた日常が、当たり前にくると思っていた明日が、みんなと一緒に4年生になる未来がない。そう思ってしまうと毎日が色褪せて見えてしまい、そこへ新しく入ってきたヨッシーと仲良くなったところでと、どこか冷めた目でみていたのかもしれない。

 そう言うと、ヨッシーは納得したようだった。

 

「そういうことだったんだ。もっくん、みんなと離れるのは嫌じゃないの? 」


「嫌だけどさ、どうしようもないことだもん」


「そっか。もっくんと遊べなくなるのは寂しいな」



 沈黙が訪れて気まずいなと思っていると、そうだ、とヨッシーはこちらに顔を向けた。 


「ホタルを見に行かない? いっぱい見える場所を知っているんだ。この町を離れる前に行こうよ」


「ホタル? ホタルってピカピカ光るあの虫のこと? ここらへんで見えるの?」  

    

「そうだよ。とても綺麗なんだ。もっくんもきっと気に入るよ」



 ちょっと興味あるなぁと思っていたら、会話を聞きつけた鬼役のゆいちゃんに見つかってなんの話をしていたのと聞かれたものだから、今までの会話を伝えると、例のごとく「それはいいはね」となった。

 その後、ゆいちゃんがホタルを見たいと親に伝え、そうならとパーティ好きのゆいちゃんのお父さんがはりきって計画し、あれよあれよという間に7月の上旬に僕のお別れ会もかねてキャンプ場へホタルを見に行くことになったのだ。 

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