ほたるこい

ももも

第1話 ゆいちゃん

 6月の後半にさしかかると、とある夢を見る。

 夢の中で僕は暗い川縁でぼんやりと立ち、向こう岸の闇をじっと眺めている。漆黒の闇の中に何かがいる気配を感じると淡い光の玉がぼうっと浮かび上がり、曲線的にゆらゆら飛び始めるのだ。

 一つ、また一つ光の玉は増えていき、やがてあたり一帯を黄金色に染めあげていく。

 光り輝く川岸で二人の子供が遊ぶ姿を見つけ、ああ、またこの夢かと気づいた時にはっと目が覚めるのだ。

 今年もホタルの季節がやってきたのかと額の汗をぬぐいながら、脳裏に浮かぶのは幼少期にほんの短い間過ごしたあの町のことだ。 

    


 小学3年生の頃、兵庫県の○○市に住んでいた。 

 思い出にある風景は赤い屋根の庭つきの家と、どこまでも一軒家が続く町並みだ。

 ちょっとした買い物にはわざわざ大阪へでなくてはならないほどの田舎で、そんな土地を選んで住むのは効率よりもゆとりある暮らしをとった人たちが多く、ゆったりとした雰囲気の町だった。

  

 その頃、僕の大きな関心を占めていたのがゆいちゃんだった。

 彼女はまばたきすればバチバチと音がするんじゃないかってくらい長くて太いまつげが印象的な同じクラスの女の子で、後ろで高くひとくくりにされたヘーゼル色の髪は、怒ったり笑ったり感情の幅に合わせて揺れ、まさに馬の尻尾のようだった。

 児童劇団に所属していたことがあり、アニメの合間に挟まれるお菓子のCMを見ていたら「これ、ゆいちゃんよ」と母がテレビ画面に映る女の子をさして教えてくれた時はびっくりしたものだ。当時の僕はテレビはテレビの中の世界の出来事と思い込んでいたから、ゆいちゃんはそこから飛び出てきた存在なのかと考えていた。


 クラスの半分の男子はゆいちゃんに惚れていたと思う。

 みんな彼女の一番に誰がなれるか必死で、ゆいちゃんがああしたい、と言えば従った。席替えの度に誰がゆいちゃんの隣の席になれるか同じ班になれるかクラス中が沸き立った。

 出席番号が1個違いじゃなければ、僕なんて存在はゆいちゃんの目に入らなかっただろう。僕はその幸運をつかんで離さないよう、ゆいちゃんが忘れ物をしたり、宿題をやってこなかったりしたら、いつもフォローしていたし、席が離れてもその関係は変わらなかった。

  

「もっくん、いつもありがとう」


 と、はにかんだ笑顔でそう言われれば僕は有頂天だった。




 ゆいちゃんのお母さんはゆいちゃん以上にまつげがバチバチで僕でも知っているような海外ブランドをさらりと着こなし、お父さんは彫りが深くギリシャ人のようだった。「ゆいちゃんのお父さんって俳優さんなの?」って聞いたとき「違うわ。作り手の方よ」って誇らしげに答えたのを覚えている。

 運動会でゆいちゃんの家族が三人でそろって座っているだけで、まるで一枚の絵画のようだった。


 学校が終われば、ゆいちゃんと僕を含めた5人でよく遊んだ。 

 滑り台とブランコと砂場のある小さな公園で休憩なんてせずめいっぱい走り回り、17時を告げるチャイムとともに帰路へついた。ほぼ毎日がそんな調子で過ぎて、変わらない日常と家族と友だちで構成されたちっぽけな世界が僕のすべてだった。


  

 そこへヨッシーが現れたのは、大きな嵐が去った後の、湿気がむわっとして肌から水がしたたりそうな、じめじめとした空気がただよう日のことだった。

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